催眠鎮静薬の使用と成人の転倒・骨折リスク:自己対照ケースシリーズ研究

ACTA PSYCHIATR SCAND, 148, 394-404, 2023 Use of Hypnotic-Sedative Medication and Risk of Falls and Fractures in Adults: A Self-Controlled Case Series Study. Rozing, M. P., Wium-Andersen, M. K., Wium-Andersen, I. K., et al.

背景

ベンゾジアゼピン系薬剤やZ薬(ベンゾジアゼピン類似体)は,協調性・集中力の低下,筋力低下,傾眠,バランス障害といった副作用のために,転倒・骨折の中程度のリスクとなることが示されている。しかし,薬剤による転倒・骨折のリスクを評価する研究には,服薬の原因となっている障害により交絡が生じているという重大な限界が存在する。

目的

本研究の目的は,ベンゾジアゼピン系薬剤,Z薬,メラトニンの使用者における転倒と骨折のリスクを評価することである。薬物によるリスクと障害によるリスクを区別するために,治療開始の前後で転倒・骨折リスクを比較した。

方法

デンマーク全国処方登録から,2003~2016年に初めてベンゾジアゼピン系薬剤,Z薬,メラトニンを購入した15歳以上の外来患者を組み入れ,デンマーク全国患者登録システムを用いて,転倒と骨折について2018年まで追跡した。

自己対照ケースシリーズ分析と条件付きポアソン回帰を用いて,基準時点(購入前12~24ヶ月)と比較した治療前早期(購入前3~12ヶ月),治療直前期(購入直前3ヶ月),治療期(購入後3ヶ月),治療後早期(購入後3~12ヶ月),治療後後期(購入後12~24ヶ月)それぞれの転倒と骨折の発生率比(IRR)を導出した。

結果

2003~2016年に初めてベンゾジアゼピン系薬剤,Z薬,メラトニンを使用した699,335名のうち,62,105名(8.7%)が転倒,36,808名(5.2%)が骨折を経験した。

70歳以上の高齢者では,転倒のリスクは治療直前期(購入直前3ヶ月)が最も高く[IRRmen+70:4.22,95%信頼区間(CI):3.53-5.05;IRRwomen+70:3.03,95%CI:2.59-3.55],その後は治療期(購入後3ヶ月)(IRRmen+70:2.96,95%CI:2.41-3.65;IRRwomen+70:1.72,95%CI:1.43-2.06)をはじめ,治療開始後の期間が続いた(図)。対照的に,40~69歳の成人では,リスクは治療前の3ヶ月間のみ高かった。40歳未満の成人では関連が見られなかった。

骨折を転帰とした解析でも同様の結果が得られた。

考察

本研究の長所はサンプルサイズの大きさであり,これによって性別と年齢で層別化した分析が可能になった。加えて,医療へのアクセスが自由な国における全国的な人口登録を利用したことによって,大規模な非選択集団のデータを得ることができた。また,個人識別番号により,転倒と骨折に関する完全な追跡情報を取得できた。更に,デンマークでは対象薬の全てが処方箋でしか入手できないため,乱用等の影響は無視できると考えられる。

本研究の限界として,観察研究であるため観察された関連性の因果関係に関する結論を導き出すことができないということや,身体的パフォーマンス,神経認知障害(の重症度),症状に関するデータが得られなかったため,これらが時変交絡因子として作用した可能性が挙げられる。

結論

転倒・骨折リスクは,ベンゾジアゼピン系薬剤,Z薬,メラトニンによる治療開始直前の中高年層で最も高く,治療の開始により徐々に低下することが示された。これらの薬剤の潜在的な有害作用を否定するものではないが,転倒や骨折のリスク上昇は薬剤の副作用というよりも,これらの処方を誘発した他の要因によってより良く説明されることが示唆される。そのほとんどは未治療の不眠症であろうが,患者の転倒リスクを評価する際には,こうした薬剤以外の要因も考慮に入れる必要がある。

図.転倒を経験したベンゾジアゼピン系薬剤、Z薬、メラトニンの初回使用者62,105名に認められた、各期間における男女別・年齢別の転倒リスク

265号(No.1)2024年4月11日公開

(下村 雄太郎)

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