うつ病診断後において選択的セロトニン再取り込み阻害薬による治療が自殺行動のリスクに及ぼす影響:標的試験の模倣

NEUROPSYCHOPHARMACOLOGY, 48, 1760-1768, 2023 Effect of Selective Serotonin Reuptake Inhibitor Treatment Following Diagnosis of Depression on Suicidal Behaviour Risk: A Target Trial Emulation. Lagerberg, T., Matthews, A. A., Zhu, N., et al.

はじめに

自殺は世界的に主要な死亡原因となっている。自殺の主な危険因子の一つは気分障害であり,抗うつ薬が主な薬物療法の選択肢であるが,一方,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が自殺行動に及ぼす影響については懸念がある。

本研究では標的試験の枠組みを用いて,うつ病診断後においてSSRI治療が自殺行動に及ぼす影響を調査した。

方法

ストックホルム郡の全居住者(約300万人)の医療情報を含む行政健康データレジストリを使用した。スウェーデンのストックホルム郡において,2006~2018年に抗うつ薬の調剤を受けずに少なくとも1年経過した後にうつ病の診断を受けた6~59歳の162,267名を同定した。診断から28日以内にSSRIを開始した個人をSSRI開始群,それ以外を非開始群とした。

主要評価項目は基準時点から12週間以内の自殺行動とし,自殺企図による受診(外来通院または入院),自殺による死亡が含まれた。

Intention-to-treat効果及びper-protocol効果を推定した。後者については,割り付けられた治療戦略を遵守しなくなった時点で個人の追跡を打ち切った。Intention-to-treat解析では,基準時点における交絡を考慮するために逆確率重み付け(IPW)を適用し,またper-protocol解析では,更に治療のアドヒランス不良と時間変動の交絡も考慮した。SSRI開始群と非開始群との自殺行動のリスク差(RD)及びリスク比(RR)を12週時点で推定した。

結果

同定された162,267名のうち,52,917名が28日以内にSSRIを開始し(開始群),109,350名が開始しなかった(非開始群)。SSRI開始群のうち,20,352名(38%)が12週以内に治療を中止し,非開始群では7,965名(7%)が12週以内にSSRIを開始した。

全コホートにおいて,SSRI開始群の絶対リスク(95%信頼区間:CI)はintention-to-treat解析で0.44%(0.37-0.50%),per-protocol解析で0.47%(0.34-0.60%),非開始群の絶対リスク(95%CI)はintention-to-treat解析で0.29%(0.26-0.32%),per-protocol解析で0.28%(0.23-0.34%)であることから,これはintention-to-trea解析ではRD=0.15%(95%CI:0.07-0.22%)とRR=1.50(95%CI:1.25-1.80)に,per-protocol解析ではRD=0.19%(95%CI:0.05-0.33%)とRR=1.69(95%CI:1.20-2.36)に相当し[numbers needed to harm(NNH)=526],SSRI開始群で自殺行動のリスク上昇が認められた。

年齢層別では,25歳未満においてのみリスク上昇のエビデンスが認められ,6~17歳において最もリスクが高く,intention-to-treat解析ではRD=1.48%(95%CI:0.26-2.71%)とRR=2.90(95%CI:1.72-4.91),per-protocol解析ではRD=1.69%(95%CI:0.17-3.20%)とRR=3.34(95%CI:1.59-7.00)であった(NNH=59)。

考察

25歳未満における自殺行動リスクが上昇していたという知見は,これまでの無作為化対照試験(RCT)から得られたエビデンスを反映しており,本観察研究の妥当性を示している。

本研究の限界としては,観察研究であるため未測定の交絡因子を考慮することができなかった。また,薬剤疫学研究において常に問題となることではあるが,個人が処方された薬を実際に服薬していたかどうかはわからなかった。

今後の方向性として,より広範な交絡因子に関する情報を用いた更なる研究が必要である。

265号(No.1)2024年4月11日公開

(大谷 洋平)

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