脳脊髄液中の生物学的マーカーについての精神病患者と健常者との比較:系統的レビューとメタ解析

MOL PSYCHIATRY, 28, 2277-2290, 2023 Biomarkers in the Cerebrospinal Fluid of Patients With Psychotic Disorders Compared to Healthy Controls: A Systematic Review and Meta-Analysis. Rømer, T. B., Jeppesen, R., Christensen, R. H. B., et al.

背景

精神病の生物学的マーカーの研究は血液から得られた生物学的マーカーを対象としていることが多く,メタ解析ではC反応性タンパク(CRP)や炎症性サイトカインの上昇などが明らかになっている。しかし,脳の生化学反応をより明確に反映する脳脊髄液から得られた生物学的マーカーの研究のメタ解析は,主に単一の生物学的マーカーのみを対象としてきた。更に,ノルアドレナリンや抗精神病薬様の作用を持つニューロテンシンといった生物学的マーカーは含まれていなかった。

今回著者らは,精神病患者の脳脊髄液中の生物学的マーカーについて包括的なメタ解析を行った。

方法

PubMed,EMBASE,Cochrane Library,Web of Science,Clinical-Trials.gov,PsycINFOのデータベースを用いて,2023年1月25日以前に報告された精神病の脳脊髄液中生物学的マーカーに関する研究から,健常対照群のある研究を抽出した。PRISMAガイドラインに従い,2名の著者が独立してレビューとバイアスの評価を行った。

メタ解析にはランダム効果モデルを用い,標準化平均差(SMD)を求めた。6報以上の研究で評価が行われていた生物学的マーカーについてはサブグループ解析を行った。

結果

6,851の研究が抽出され,このうち145研究を組み入れ,197種類の生物学的マーカーが対象となった。全ての研究で,ある程度のバイアスが認められた[Newcastle-Ottawa(NOS)基準での平均評点が4]が,バイアスの高い研究(NOS<4)と低い研究(NOS≧4)の間で,以下に示す結果の差は認められなかった。55種類の生物学的マーカーにおいて患者群と健常群で差が認められたが,2報以上の研究で測定されていた生物学的マーカーは15のみであった。

神経伝達物質では,ノルアドレナリン(SMD=0.53)とその代謝物であるMHPG(SMD=0.30),内因性カンナビノイドであるアナンダマイド(SMD=0.78),セロトニン代謝物である5-ハイドロキシインドール酢酸(5-HIAA)(SMD=0.11)の濃度が患者群で上昇していた。一方で,GABA濃度は低下していた(SMD=-0.29)。ドパミン代謝物であるHVAとDOPACには差がなかった。サブグループ解析では,MHPG濃度が治療後の群で治療前の群と比較して低値であった。

炎症マーカーではインターロイキン(IL)-6(SMD=0.58),IL-8(SMD=0.43),炎症促進性神経伝達物質のキヌレン酸(KYNA)(SMD=1.58)とその前駆物質キヌレニン(KYN)(SMD=1.00)の濃度が患者群で上昇していた。サブグループ解析において,KYNAは治療後の群の方が4週以上治療を行っていない群と比較して低値であった。

ニューロペプチドのニューロテンシン濃度は患者群で低下(SMD=-0.67),エンドルフィン濃度は上昇(SMD=0.80)していた。アルブミン比(SMD=0.40),IgG比(SMD=0.45),総タンパク濃度(SMD=0.29),グルコース濃度(SMD=0.57)はいずれも患者群で上昇していた。前3者は脳血液関門の機能の低下を示唆した。

考察

本系統的レビューとメタ解析では,精神病患者群において脳脊髄液中の炎症マーカー及びノルアドレナリンの濃度上昇と脳血液関門の機能低下が認められたが,ドパミン代謝物には差が認められなかった。5-HIAAの上昇はSMDが0.11と小さかったので,解釈には注意を要すると考えられる。

本メタ解析の限界を以下に列挙する。健常対照群との比較のみの研究を対象としたので,それ以外の群との比較は行っていない。全ての研究にある程度のバイアスが認められた。経時的なデータを示した研究が十分でないので,これらの生物学的マーカーが精神病の有無に対応するステイト・マーカーであるのか,精神症状の変動に応じて変化するトレイト・マーカーであるのかについては明らかではない。メタ解析では示さなかったが,一つの研究のみで差が認められた生物学的マーカーが多かった。古い研究が多く,研究の質にも差があった。脳脊髄液生物学的マーカーに影響し得る合併症の詳細についての報告はなかった。

今後は,これらの点を改善させた質の高い研究が求められる。

265号(No.1)2024年4月11日公開

(船山 道隆)

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