治療への一助となるか? アルツハイマー治療におけるxR活用の国外最前線をリポート

治療への一助となるか? アルツハイマー治療におけるxR活用の国外最前線をリポート

イメージ画像:VR治療の様子

世界でも随一の高齢化社会である日本が避けては通れない、アルツハイマーの問題。アルツハイマー病にかかる費用は2018年時点で12兆円を超え、半分以上が家族介護による負担だという試算もあります1)

65歳以上の認知症の平均有病率は約10%と言われており*1、いまや多くの人々にとって、他人事では済まされません。
そんな状況を打開する一助になるかもしれないのが、VRやARをはじめとするxR技術です。トレーニングへの活用をはじめとして、アルツハイマーの治療や診断にxR技術の活用が模索されており、実際に活用がはじまっているケースもあります。本記事では、その海外における最前線の事例をリポートします。

1)JIJI.COM(https://www.jiji.com/jc/article?k=2021060800975&g=eco)

治療から早期発見まで、明らかにされるxRの効果

イメージ画像:各種論文による効果

アルツハイマー治療におけるxR技術の効果は、いくつかの研究で明らかにされつつあります。

Tabbaa, Ang, Rose, Siriaraya, Stewart, Jenkins,Matsangidou(2019)では、認知症の患者にVR環境を体験してもらうことで、昔の記憶を思い出したり、気性が穏やかになったり、介護者とのコミュニケーションが取りやすくなることが示されました*2。 「今後、VR映像の制作が容易になれば、自宅やお気に入りの場所など、個々のアルツハイマー病患者に合わせて仮想環境をカスタマイズできるようになるだろう」という見立てもなされています2)

その治療効果は脳科学の観点からも示されています。Safaryan,Mehta(2021)では、ラットを使った新しい研究では、アルツハイマーやADHD、うつ病の治療に重要な海馬の「シータ波」を、VRが強化することが実証されました*3

治療だけでなく、診断にも活用されています。Kunz,Schröder, Lee,Montag,Lachmann, Sariyska,Reuter,Stirnberg,Stöcker,Messing-Floeter,Fell,Doelle,Axmacher(2015)では、VR迷路を使ってアルツハイマー病を発見する試みを発表*4。被験者たちは青空や山々、日常的な品物がばらまかれた芝生などがある仮想空間を歩き回り、バスケットボールやナスなどの仮想オブジェクトを集め、しばらく経ってから元の場所に戻すように指示されました。テスト中の被験者たちの脳活動をfMRIを使ってモニタリングしたところ、アルツハイマー病発症の遺伝的リスクが高いグループは、そうでないグループと異なった活動を示すことがわかったといいます3)。これにより、18~30歳の人々におけるアルツハイマー病のごく初期の兆候をモニタリングすることが期待されています。

さらにClay,Howett,FitzGerald,Fletcher,Chan,Pricea(2020)では、現代の神経変性モデルやスクリーニング方法と組み合わせた場合、VRは治療だけでなく診断にも有効な方法として浮上していることが示されました*5

2)being patient(https://www.beingpatient.com/virtual-reality-therapy-alzheimers-dementia/)

3)WIRED(https://wired.jp/2015/10/26/alzheimers-virtual-reality/)

「Second Life」でトレーニングプログラムを実施

アルツハイマーのためのxR技術が、実際に活用されているケースもあります。

ニューヨーク州立大学アップステート医科大学では、3DCGで構成されたインターネット上の仮想世界(メタバース)「Second Life」を用いたアルツハイマー病患者のケアに関するトレーニングプログラムを設計し、試験的に実施しています4)

これはVR技術を活用し、医学生、看護師、医師助手の学生にトレーニングを提供するものです。オンラインで運営されている非営利の障害者向けピアサポートコミュニティ「Virtual Ability5)」が技術パートナーとして参画。コンピュータ上のシミュレーション環境で、ユーザーはアバターを通じて現実世界を反映した活動を行ったり、他のボット(患者/介護者)と交流したり、自由に移動したりすることができます。

アルツハイマー病のトレーニングパイロットでは、学生はプロジェクトチームのメンバーの指導を受け、Second Life上で患者や介護者のアバターを診療所、診察室、家庭内の環境へと導きます。プロジェクト・コーディネーターのアリッサ・インデリカット氏によると「学生たちは、患者や介護者との出会いを通じて、幅広い視野と洞察力を得たとコメントしている」とのことです。

4)UPSTATE(https://www.upstate.edu/geriatrics/research/virtual-alz.php)

5)Virtual Ability(https://virtualability.org/)

VR上のキャラクターを通して、さまざまな種類の認知症を体験

イメージ画像:VR治療の体験

VRを活用した没入型のヘルスケアトレーニングプログラムの開発を手がけるEmbodied Labs6)社も、認知症特化のシミュレーションを行っています7)

プログラムは「The Dima Lab」と呼ばれ、ユーザーはさまざまな背景を持つ主人公を通して、さまざまな種類の認知症を体験できます。たとえば、パーキンソン病の症状も持つレバノン系アメリカ人のイスラム教徒の女性の目を通して、レビー小体型認知症を体験するものなどがあります。

カリフォルニア州立大学チャネル・アイランド校の看護学准教授であるジェイミー・ハナンズは、Embodied Labs社のプログラムは、神経疾患を患っている人だけでなく、介護者にも役立つVR療法の一例だと語っています。これにより、介護施設のスタッフや介護士が患者の目を通して見ることで、より共感を得られる医療を提供することができます。

「高齢者が医療の場で自分の情報を共有しようとする意思に、ネガティブな経験がどのように影響するかを深く考える必要があります。私たちは、高齢者が必要なケアを受けられるように、医療現場での用語や安全な空間づくりに、より注意を払うようになりました」とハナンズは感想を述べました。

6)Embodied Labs(https://embodiedlabs.com/)

7)being patient(https://www.beingpatient.com/virtual-reality-for-dementia-alzheimers-vr-therapy/)

治療のためのブレークスルーとなるか

イメージ画像:困難が多い症状

アルツハイマーの治療において、少しずつ模索されはじめているxR技術の活用。医療者のトレーニングや診療に用いられているのはもちろん、冒頭で紹介したように、脳科学的見地からはVRが直接的にその治療に好影響を与える可能性も示されています。また、「回想法」という心理療法をVRで支援するスタートアップも現れており8)、xR技術は薬物療法を補完する存在になるかもしれません。

xR技術は、エンタメやゲームのみならず、医療においてもさまざまなかたちの活用が模索されています。現状は手術支援や教育における活用がメインですが、今後は従来の医療では突破口が見えていない問題の、解決の一助となっていくかもしれないのです。

若年性アルツハイマーもはじめ、高齢化社会である日本では大きな社会課題として存在しているアルツハイマーの問題。xR技術は、その解決のためのブレークスルーをもたらすのでしょうか。

8)WIRE(https://wired.jp/2018/06/10/virtual-reality-dementia/)

<出典>
*1
大塚俊男, 柄澤昭秀, 松下正明, 河口豊. わが国の痴呆性老人の出現率.老年精神医学雑誌, 3(4) : 435-439. (1992)

*2
Luma Tabbaa, Chee Siang Ang, Vienna Rose, Panote Siriaraya, Inga Stewart, Keith G. Jenkins, and Maria Matsangidou. 2019. Bring the Outside In: Providing Accessible Experiences Through VR for People with Dementia in Locked Psychiatric Hospitals. Proceedings of the 2019 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems. Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, Paper 236, 1–15. DOI:https://doi.org/10.1145/3290605.3300466

*3
Safaryan, K., Mehta, M.R. Enhanced hippocampal theta rhythmicity and emergence of eta oscillation in virtual reality. Nat Neurosci 24, 1065–1070 (2021). https://doi.org/10.1038/s41593-021-00871-z

*4
Kunz L, Schröder TN, Lee H, Montag C, Lachmann B, Sariyska R, Reuter M, Stirnberg R, Stöcker T, Messing-Floeter PC, Fell J, Doeller CF, Axmacher N. Reduced grid-cell-like representations in adults at genetic risk for Alzheimer's disease. Science. 2015 Oct 23;350(6259):430-3. doi: 10.1126/science.aac8128. PMID: 26494756.

*5
Clay F, Howett D, FitzGerald J, Fletcher P, Chan D, Price A. Use of Immersive Virtual Reality in the Assessment and Treatment of Alzheimer's Disease: A Systematic Review. J Alzheimers Dis. 2020;75(1):23-43. doi:10.3233/JAD-191218