第8回 精神障がい者フットサルを普及させるために

岡村 武彦先生

出演・監修

岡村 武彦先生(特定医療法人 大阪精神医学研究所 新阿武山病院 院長)

本シリーズでは、精神科医療で先進的な取り組みを行っている施設の先生に、施設の特徴や治療方針、ラツーダへの期待などをお伺いします。
今回は、特定医療法人 大阪精神医学研究所 新阿武山病院 院長の岡村武彦先生に、スポーツを取り入れた統合失調症治療とラツーダへの期待をご解説いただきます。

新阿武山病院の特徴と地域における役割

 当院は、大阪府北部の高槻市にある273床を有する精神科単科病院です。病棟は、精神科急性期治療病棟、精神療養病棟、精神科一般病棟、アルコール治療専門病棟、認知症治療病棟の5つの機能別病棟を有しています。外来の診察室の数は、偶然にもサッカーと同じ11室(イレブン)あります。
 診療では、急性期治療から精神科作業療法や精神科デイケアなどのリハビリテーションまで、地域中核病院として、患者さんの本格的な社会復帰をサポートしています。また、大阪医科大学附属病院精神神経科と密に連携しながら、治療抵抗性統合失調症や気分障害の治療にも対応したり、臨床研究を行ったりしていることも特徴のひとつです。
 地域においては、精神疾患患者さんのフットサル、 バレーボールといったスポーツ活動等への社会参加による、当事者活動にも取り組んでいます。

スポーツ精神医学とは

 スポーツ精神医学における臨床面での取り組みは、大きく分けて2つあります。1つめは、精神医学のスポーツへの応用で、アスリートが抱える精神医学的な問題の抽出や予防のことを指します。例えば、ドーピングの問題や、症状がうつ病と類似するオーバートレーニング症候群や、女性アスリートの摂食障害の問題などが挙げられます。2つめは、スポーツの精神医学への応用で、当院でも行っている精神障がい者スポーツ活動などが該当し、スポーツや運動を行うことによって得られる、広い意味での治療効果を明らかにする活動のことを指します。
 この精神機能に対するスポーツや運動の効果について、統合失調症を例に挙げると、最近のシステマティックレビューとメタアナリシスの報告から、統合失調症患者さんにおいて、運動(無酸素運動、有酸素運動、ヨガ)は、臨床症状、QOL、全般機能、抑うつ症状の改善において強固な付加療法になること、運動介入で全般的な認知機能(作動記憶、社会的認知、注意)が有意に改善し、十分な頻度でかつ専門家からの助言を得た有酸素運動の介入で、よりその効果が高まる可能性が示されています1,2)
 また、単なる運動ではない競技スポーツにどのような効果があるかはまだ明らかではないものの、不安・うつなどの症状や認知機能の改善、QOL・自尊感情の向上、自己管理能力(服薬管理など)の向上、再発・再燃の防止、就労、スティグマの軽減などが期待されています3)

1)Dauwan M, et al. Schizophr Bull. 2016;42(3):588-99.
2)Firth J, et al. Schizophr Bull. 2017;43(3):546-556.
3)岡村 武彦. スポーツ精神医学. 2009;6:4-12.

統合失調症治療にスポーツを取り入れる目的

岡村 武彦先生

 精神科の病院では、以前からスポーツや運動は作業療法の一環として取り入れられていました。ただそれは、主に院内で完結するレクリエーションとして行われていました。しかし、2001年に全国精神障がい者スポーツ大会が開催されるようになってからは、就労・就学などの社会参加促進を含めたリカバリーを目指すことも目的となっており、単なるレクリエーションスポーツから、次第に地域主体の競技性を伴ったものへ移行するようになりました。この時期は、ちょうど日本で第2世代の抗精神病薬が次々と登場した頃でもあります。精神障がい者のスポーツ活動を地域で取り組んでいこうという風潮になったのは、リカバリーを支援できるような薬物療法が出てきたことも関係していると考えています。

精神障がい者フットサルを普及させるために

 私は、20年ほど前から、精神疾患のある人が、その人が住む地域で豊かに生きていくために、まずはフットサルを足掛かりにスポーツを普及させたいと考えていました。フットサルを選んだ理由には、男女問わず少人数でチームをつくれ、どこでもできることもありますが、私自身がサッカー好きでガンバ大阪の熱狂的なサポーターでもあり、高槻市を含む北摂地区がガンバ大阪のホームタウンで周囲の支持が得られやすかったこと、などが挙げられます。そして、何より私自身の楽しみと健康管理のために、フットサルを当事者のみんなと一緒にやりたかったこと、実はこれが1番大きな理由ですね。みんなとフットサルをやって、週末にビールを飲みながらガンバ大阪の試合を観戦するのが、私の最高のストレス発散法となりました。

 この精神障がい者フットサルを、全国に広げるためにまず行ったのは、病院の枠を越えて参加できるチームづくりでした。そして、2006年に精神障がい者スポーツクラブを設立し、フットサルのチームを結成しました。その後、この活動を全国にいかに広げるかを考えていたのですが、そこで思いついたのが、餅は餅屋。つまり、Jリーグと協力することです。ガンバ大阪に協力を打診したところ、すぐに快諾してくれまして、2008年に精神障がい者のためのサッカースクールがスタートしました。また、ガンバ大阪が主催となり、日本ではじめて精神障がい者のフットサルクラブチームの全国大会を開催することができ、精神障がい者フットサルの波が全国に広がりました。

精神障がい者フットサルを普及させるために

統合失調症治療のゴール

 統合失調症治療のゴールは現時点ではリカバリーだと考えています。リカバリーには、症状の改善や社会・認知機能の向上などを目指す臨床的リカバリーと、他者との関わり、将来への希望など当事者の希望する人生の到達を目指すパーソナルリカバリーに整理され、これらは相互に関係し合っていると考えられています。
 スポーツが、リカバリーの条件を満たすためにどの程度役割を果たしているかはまだ明らかではありません。しかし、スポーツは仲間が集まる場を提供し、リカバリーを体験している人たちとの交流を実現し、仲間、家族、支援者との関係性の中で希望を見出し、リカバリーに向かうことを可能にするのではないかと考えています。

精神障がい者フットサルを普及させるために

 スポーツなどの文化的活動を行うためには、当たり前ですが、精神症状を安定させて、再発させないような薬剤を使用することが基本です。その上で、副作用をなるべく起こさないような薬剤を選択することが非常に重要になります。
 例えば、体を正確に素早く動かすためには、過鎮静や錐体外路症状を来す薬剤は避けなければなりません。これらの副作用は、ふらつきや転倒によるけがにつながる可能性もあります。さらに、転倒すると、骨折してしまう可能性もあります。この骨折に関係してくるのが、高プロラクチン血症です。高プロラクチン血症が持続すると骨粗鬆症につながる可能性もあるため、高プロラクチン血症も避けたい副作用のひとつです。また、生命に関わる心血管イベントも起こしたくありませんので、心血管イベントの要因となるメタボリックシンドローム、つまり体重増加や高血糖の持続などを来す薬剤はなるべく避ける必要があります。特に、スポーツをする方にとって、体重増加は機敏な動きの妨げにもなるため、注意が必要です。
 すなわち、スポーツなどの文化的活動を行うためには、過鎮静、錐体外路症状、高プロラクチン血症、体重増加、高血糖を起こしにくく、しっかりと精神症状を改善する薬剤を選択することが重要ということになります。

精神障がい者フットサルを普及させるために

ラツーダへの期待

岡村 武彦先生

 ラツーダは、セロトニン5-HT7拮抗作用と5-HT1Aパーシャルアゴニスト作用を併せ持つ、ユニークな薬剤です。セロトニン5-HT7受容体は認知機能改善効果を示す可能性がある受容体ですので、認知機能への影響が期待できます。さらに、安全性の観点からも、ラツーダはスポーツなどの文化的活動を行いたい統合失調症患者さんに適した選択肢になると考えています。
 第1世代の抗精神病薬は、各薬剤に特徴があり、「幻覚にはこの薬剤、鎮静が必要な場合はこの薬剤」といった役割を考えていたように思います。これは、サッカーで例えると、センターフォワードしかできないとか、センターバックしかできない、ということになります。昔のサッカーはこれでよかったのですが、近代サッカーではこの戦略は通用しません。今の時代は、1つのポジションでさまざまな役割をこなせるような選手が求められます。ラツーダは、JEWEL試験において、PANSS 5因子モデル別スコアのベースラインからの変化量については、急性期で特に問題となる陽性症状をはじめ、興奮、陰性症状、不安/抑うつ、認知障害のいずれの項目においても、プラセボに比べてスコアを有意に低下させることが示されました。統合失調症治療もサッカーと同様で、ラツーダのように、1剤でさまざまな症状に有効性が期待できる薬剤が、リカバリーの達成に貢献できるのではないかと考えています。
 また、ラツーダは、「統合失調症」のみでなく、「双極性障害におけるうつ症状の改善」についても適応を有している薬剤です。2つの疾患に使用できるという点でも、精神科領域におけるポリバレント(サッカーでいうと複数ポジションをフレキシブルにこなせるプレーヤー)性の高い薬剤として期待できるのではないでしょうか。

JEWEL試験

ここから、本邦において統合失調症の適応症を取得する根拠となった第3相試験、JEWEL試験をご紹介いたします。

試験概要

 本試験の対象は、急性増悪期の統合失調症患者483例です。対象をプラセボ群またはラツーダ40mg群に無作為に分け、治験薬を1日1回、夕食時*又は夕食後に6週間経口投与しました。
 有効性の主たる解析は、ITT集団を対象として実施しました。有効性の主要評価項目である6週時のPANSS合計スコアのベースラインからの変化量は、併合した実施医療機関、評価時期、治療群、治療群と評価時期の交互作用及び、ベースラインのPANSS合計スコアを共変量とする反復測定のための混合モデル(MMRM)法を用いて解析し、最終評価時(LOCF)に治療効果(反応)が認められた患者の割合をLogistic regressionで評価しました。
 安全性解析対象集団は、無作為化され二重盲検治療期に少なくとも1回治験薬を投与された患者として実施しました。

*本邦での承認用法は食後経口投与

有効性

 主要評価項目である6週時のPANSS合計スコアのベースラインからの変化量は、プラセボ群−12.7、ラツーダ40mg群−19.3、投与群間の差−6.6と、統計学的に有意であり、ラツーダ40mgのプラセボに対する優越性が検証されました。また、effect sizeは0.410でした。
 副次評価項目である各来院時のPANSS合計スコアのベースラインからの変化量は、ラツーダ40mg群で投与2週目よりプラセボ群と有意差が認められ、その効果は6週時点まで継続しました。


 PANSS 5因子モデル別スコアのベースラインからの変化量については、急性期で特に問題となる陽性症状をはじめ、興奮、陰性症状、不安/抑うつ、認知障害のいずれの項目においても、ラツーダはプラセボに比べてスコアを有意に低下させることが示されました。

安全性

 副作用発現頻度は、プラセボ群57例(24.3%)、ラツーダ40mg群69例(27.9%)でした。発現頻度が2%以上の副作用は、プラセボ群では不眠症12例(5.1%)、統合失調症11例(4.7%)、不安9例(3.8%)などで、ラツーダ40mg群では頭痛、アカシジア、統合失調症が各10例(4.0%)などでした。
 重篤な副作用は、プラセボ群2例2件[統合失調症、自殺企図各1件]、ラツーダ40mg群1例1件[統合失調症1件]に認められました。投与中止に至った有害事象は、プラセボ群15例[統合失調症11例、手骨折、精神病性障害、敵意、自殺企図各1例]、ラツーダ40mg群14例[統合失調症7例、房室ブロック、肺結核、体重増加、不安、カタトニー、妄想、精神病性障害各1例]に認められました。
 試験期間中、いずれの群においても死亡は報告されませんでした。


 本試験では、臨床検査値への影響も検討されています。6週時点での体重、BMIの変化量や、HbA1c、コレステロールなど糖脂質代謝への影響、プロラクチンへの影響はこちらに示すとおりです。

ラツーダ錠20mg/錠40mg/錠60mg/錠80mgの製品基本情報(適正使用情報など)

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