医療と不可分な「痛み」を緩和するために──痛みや恐怖心のケアに役立つVR技術の最前線

医療と不可分な「痛み」を緩和するために──痛みや恐怖心のケアに役立つVR技術の最前線

イメージ画像:VRデバイスを使用する児童患者

医療行為には「痛み」が伴うことがあります。そういった疼痛緩和のためにテクノロジーが活用できるとすれば、医療現場は変わっていくでしょう。身体への副作用なしで、痛みを取り除く。実現不可能に思えるこの難題を解決に導いてくれるかもしれないのが、VR技術です。

バーチャルリアリティは、鎮痛剤なしで慢性的な痛みを軽減したり、物理的にどこにも行かずに病院環境から逃れたりするための優れたツールになる可能性があります。

本記事では、医療における痛みや恐怖心の緩和に対するVR技術の研究と、実際に活用されはじめているプロダクトの最前線をリポートします。

VRによる疼痛問題の解決可能性

イメージ画像:論文

カリフォルニア州ロサンゼルスのシーダーズ・サイナイ・ヘルスサービス・リサーチのブレナン・スピーゲル医師が発表した論文によると、疼痛の際にVRコンテンツを体験すると、テレビコンテンツを視聴した場合の約3倍、痛みを軽減してくれるとのことです(*1)。VRの活用が進めば、オピオイドの処方量を変えずとも、鎮痛薬の使用を減らせる可能性があることも示唆されました。

また、2019年8月には、イギリスのウェールズ大学病院で、妊婦の陣痛中の痛みや不安感を和らげる目的でVR導入が試行されました1)。妊婦に美しいビーチや海の中、オーロラといったVRコンテンツを見てもらい、陣痛の痛みや不安感を緩和する療法を検討。実証実験の結果からは、妊婦の痛みが軽減したり、鎮痛剤の使用が減ったりすることが明らかになりました(*2)。

さらに2020年11月には、ベルギーのブリュッセル大学病院のE. Kubra Okur Kavak氏らが、VRゴーグルや催眠術により、短時間の医療処置を受ける患者の痛みや不安を緩和できる可能性があると報告2)。静脈内カテーテルや創部の縫合などを行う際に、このような技術を用いて患者の気をそらすことで、必要な鎮痛薬の量を減らすことができるとのこと。

1)VRScout(https://vrscout.com/news/hospitals-vr-reduce-pain-childbirth/)

2)HealthDay(https://consumer.healthday.com/b-12-1-could-virtual-reality-or-hypnosis-make-your-surgery-easier-2649080459.html)

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痛みを緩和するための、さまざまなVRコンテンツ

イメージ画像:VRデバイスの体験

研究のみならず、実際のプロダクトとしても、痛みを緩和するVR技術の社会実装が進んでいます。

幅広いコンテンツを通じて包括的で没入型のVR体験を提供する「appliedVR」

採血、生検、手術前の準備……子どもたちが怖がる医療行為を、我慢できるものに変えてくれるのが「appliedVR」です。これは脳が先天的に持っている2つの機能を活用しています3)。一つは、身体に加わった信号が有害ではない、危険ではない、傷つくものではないなどと判断すると、その信号が脳に到達する前にダウンさせる「トップダウン・インヒビション」と呼ばれる機能。そしてもう一つは、エンドルフィンによる鎮痛効果です。

ロサンゼルス小児病院では、VRヘッドセットを装着した子どもに、腕に針が刺さるのを見る代わりに、アニメのクマにボールを投げるゲームを楽しんでもらいました。マイアミ大学病院では、5分間の皮膚生検が遊園地のエキサイティングな乗り物に早変わり。シアトルのワシントン大学では、火傷の患者さんが雪景色の中で癒されました。

appliedVRは、採血のスピードを早めてくれます。というのも、不安に襲われた子どもたちが予想外の行動を取り、採血し損じることがなくなるため、針を刺す回数が少なくて済むからです。また、患部の状態をビジュアルで可視化できるため、外国生まれなどで言葉が通じない患者に対して、手術の際にインフォームド・コンセントを得ることにも役立ちます。

また、バーチャルなプラセボ対照試験により、appliedVRのEaseVRxプラットフォームが高いエンゲージメントを生み出すことが示されています。EaseVRxは、バーチャルリアリティ医療機器を用いた8週間のプログラムで、慢性的な痛みに対する認知的、感情的、身体的な反応を認識し、調整する方法を1日1回のセッションで学びます。6ヶ月以上の慢性腰痛を経験していると回答した米国の179人のデータを分析した結果、痛みの強さが42%減少、活動の妨げが49%減少、睡眠の妨げが52%減少、気分の妨げが56%減少、ストレスの妨げが57%減少しました(*3)。

3)leaps.org(https://leaps.org/virtual-reality-is-making-medical-care-for-kids-less-scary-and-painful/particle-10)

慢性疾患の入院患者のためのVRコンテンツを開発する「firsthand」

慢性疾患の入院患者のためのVRコンテンツを開発しているのが「firsthand」4)です。

医療スタッフが簡単に操作できるだけでなく、患者さんが一人で操作することも可能。オピオイド依存から脱却するための代替手段の提供に加え、堅牢な生体・行動データによるインサイト生成も後押しします。

痛みを和らげるためのVRに関する長年の科学的・臨床的研究に基づき、経験の質、臨床的適合性、および有効性の基準を設定。同社が発表する各種の研究で、エビデンスも示されています5)

実際のゲームとしては、痛みを軽減するVRゲーム「COOL!」があります。医療行為による痛みや不安、慢性疾患による負担を感じている患者向けのゲームです。簡単な操作で痛みから解放され、愛すべきラッコたちと一緒に、宝石をちりばめた洞窟や水晶の川でペイントボールを楽しむ旅に出られます。

そして、ストレスを低減するVRゲーム「GLOW!」もあります。バイオフィードバックを用いて痛みやストレスを軽減し、患者がマインドフルネスやセルフコントロールを実践します。リハビリ・セラピーでは、指や腕、体全体をすぐに動かせ、心拍数と成功率を連動させることで、素早くリラックスすることができます。

4)firsthand(https://firsthand.com/health-software/)

5)firsthand(https://firsthand.com/vrpr-research/)

医療に不可避の「痛み」と向き合うための救世主

本記事では、医療における痛みや恐怖心の緩和に役立つVR技術の最前線をリポートしました。もちろん、人間の身体への介入を行っている以上、痛みをゼロにすることは難しいでしょう。しかし、鎮痛剤による副作用を避けるための手法として、擬似的でデジタルな介入を行うVR技術は、可能性を秘めているのではないでしょうか。

VR技術は、四肢を切断した人や神経を損傷した人の過半数が経験するといわれる「幻肢痛」の対策にも効果があると報告(※4)されています。医療に不可避の「痛み」と向き合っていくうえで、VR技術の登場は大きな転換点となるかもしれません。

<出典>
*1
Spiegel B, Fuller G, Lopez M, Dupuy T, Noah B, Howard A, et al. (2019) Virtual reality for management of pain in hospitalized patients: A randomized comparative effectiveness trial. PLoS ONE 14(8): e0219115. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0219115

*2
POSTER SESSION IV FRIDAY, FEBRUARY 15 • 4:00 PM - 5:30 PM • OCTAVIUS BALLROOM • CAESARS PALACE| VOLUME 220, ISSUE 1, SUPPLEMENT , S527-S528, JANUARY 01, 2019. https://www.ajog.org/article/S0002-9378(18)31851-9/fulltext

*3
FOCUS ARTICLE| VOLUME 13, ISSUE 8, P715-724, AUGUST 01, 2012,The Economic Costs of Pain in the United States,Darrell J. Gaskin,Patrick Richard,Published:May 18, 2012. https://doi.org/10.1016/j.jpain.2012.03.009

*4
Michihiro Osumi, PT, PhD, Kazunori Inomata, MS, Yuji Inoue, MS, Yuko Otake, PT, PhD, Shu Morioka, PT, PhD, Masahiko Sumitani, MD, PhD. Characteristics of Phantom Limb Pain Alleviated with Virtual Reality Rehabilitation. Pain Medicine, Volume 20, Issue 5, May 2019, Pages 1038–1046, https://doi.org/10.1093/pm/pny269