共同手術は遠隔に、患部画像は3Dに──「遠隔手術」テクノロジーがもたらす医療の未来像

共同手術は遠隔に、患部画像は3Dに──「遠隔手術」テクノロジーがもたらす医療の未来像

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「手術」といえば、医師や助手、看護師が手術室に集う光景が一般的でした。しかし、昨今は5Gに代表される通信技術、そしてロボティクス技術や3D、ARといったテクノロジーの発展を背景に、離れた場所にいる医師同士が協働する「遠隔手術」が行われるようになってきています。

アカデミアと企業が主導し、着実に社会実装が進んでいる遠隔手術。このテクノロジーが普及していけば、地域や病院ごとの医療レベルの偏りがなくなり、世界中どこにいても、質の高い医療サービスを受けられる可能性が出てきます。本記事では、国内外における遠隔手術の最前線をリポートし、そのポテンシャルに迫ります。

国内では学会が主導し、ガイドライン制定や実証実験が進行

国内では、アカデミア主導で遠隔手術の社会実装が推進されています。

2019年9月、日本外科学会は遠隔手術の実施体制を整えるため、学会の指針(ガイドライン)づくりに着手1)。「診療科の偏在」と「医師の地域偏在」という問題の解決を見込んでの意思決定でした。

同学会員である弘前大学大学院消化器外科学の袴田健一氏によると、オンライン手術は「医療の質の向上」「質の高い医療へのアクセシビリティの確保」「治療への患者の能動的関与による治療効果の最大化」という遠隔診療の基本理念に合致し、質の高い医療の均てん化に寄与しうる診療形態だと言います2)。日本にはすでに手術ロボットが300台以上配備されており、さらに今後は5G通信技術の整備により、遠隔手術操作の遅延が解消していくと見込まれているとのこと。

加えて、同学会の働きかけにより、2019年7月に改訂された厚生労働省の「オンライン診療の適切な実施に関する指針3)」では、遠隔手術が項目の一つに加えられました。袴田氏によると、遠隔手術は、遠隔地にいる高度技能医と地域の医者が、データ通信網を介して協働するかたちで実施する想定4)。地域の医者が助手・緊急時対応のみを担うケースと、操作権を移行しながら低〜中難度の執刀まで担うケースを見込んでいると言います。

こうしたガイドライン制定を背景に、同学会は、内視鏡手術支援ロボット「ダヴィンチ」を活用した実証研究の検討もスタート。北海道大学、弘前大学、九州大学、鹿児島大学の4大学で、遠隔手術の安全性を担保する通信状況などを検証していく計画です5)

1)NIKKEI STYLE(https://style.nikkei.com/article/DGXMZO49398300U9A900C1EAC000?page=2)

2)「オンライン手術(遠隔手術)について」(厚生労働省)(https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/000495289.pdf)

3)「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(厚生労働省)(https://www.mhlw.go.jp/content/000534254.pdf)

4)「オンライン手術(遠隔手術)について」(厚生労働省)(https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/000495289.pdf)

5)NIKKEI STYLE(https://style.nikkei.com/article/DGXMZO49398300U9A900C1EAC000/ )

国外ではARテクノロジーを活用し、企業主導で社会実装

国外では、企業が主導して遠隔手術の社会実装が進められています。その代表例が、AR技術を活用して、遠隔手術の実現を目指す取り組みです。

国境を超えた協働が可能になるAR手術支援システム「Proximie」

イギリス発の「Proximie6)」は、遠く離れた外科医同士の協働を可能にする、AR手術支援システム。手術時に支援を必要とする外科医に対し、離れた場所にいる医師がリアルタイムでサポートできる、音声や動画、ARを用いたWebベースのダッシュボード(さまざまな情報源からデータを集め、概要を一覧表示する機能や画面、ソフトウェア)です。

手術している部分のライブビデオ画像に、遠隔地の専門家が電子上で注釈や図を上書きします。これによって、切開すべき場所や避けるべき箇所を指示できます。そのほか、スキャンしたデータや診療記録に上書きできる機能、詳細な手術の記録を保存しておけるライブラリー機能を備えています。また、手術の報告を受けた専門家がそれまでの処置を検討できるように、すべての対話をタグ付けしているといわれています7)

レバノンのアメリカン大学病院、アメリカのUMass Memorial Health Care、ロンドンのガイズ・アンド・セント・トマス病院など30カ国以上の医療機関で、毎月250件超の外科手術にProximieが用いられています。また、イギリス国防省は2019年、世界中の英空軍野戦病院と英海軍艦艇でProximieのARシステムを利用する複数年契約を締結。2020年4月には、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、イギリスの国民保健サービス(NHS)の中でもProximieの技術が使われるようになりました8)

6)Proximie(https://proximie.com/)

7)WIRED(https://wired.jp/2020/06/01/proximie-remote-surgeons/)

8)WIRED(https://wired.jp/2020/06/01/proximie-remote-surgeons/)

専門医と執刀医が“共同手術”を行なう「STAR」

遠隔から手術を支援できるプロダクトとしては、テレメンタリングプラットフォーム(デジタルツールを用いて対面しないコミュニケーションにより、相談および支援などを行なうこと)「STAR9)(the system for telementoring with augmented reality)」もあります。遠隔地にいる専門医が、ARを通して現地の執刀医と視界を共有し、大型のタッチパネルで患者の切開箇所などにラインを引いて指示。それが現地の執刀医のもとにARとして表示され、そのラインに沿ってメスを入れていくことができます。緊急を要する状態であっても、STARによるAR手術によってある程度の危機を脱してから搬送する、といった手法を取ることも可能になるでしょう。

実際にSTARを利用した医師はパフォーマンスが10%向上し、ミスも67%減りました。さらに、経験の浅い医師に限れば、パフォーマンスは20%向上し、ミスが92%減っています。また、利用者が自身の施術に対して感じる自信についても、約25%向上したそうです*1

9)「The System for Telementoring with Augmented Reality (STAR): A head-mounted display to improve surgical coaching and confidence in remote areas」(ScienceDirect)(https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0039606019307445)

「HoloLens」による手術の“立ち会い”が可能に

2017年にはザ・ロイヤル・ロンドン・ホスピタルでも、ムンバイにいる外科医が、マイクロソフトが提供するMRデバイス「HoloLens」を使って手術に“立ち会い”ました。アバターと3Dホログラムを通して、まるで部屋に一緒にいるかのように、ロンドンで執刀する医師とコミュニケーションを取ることができたといいます10)

利用した医師は、「世界中の著名な外科医と同じ画像を一緒に見ながら、症例について話し合える素晴らしい方法だった」と感想を述べています11)。また、3Dホログラムという形式であるがゆえに、従来の報告書から抜け落ちてしまうような細部もすべて共有できる点もメリットだと語られています12)

10)ComputerWeekly.com(https://www.computerweekly.com/news/450428692/Royal-London-Hospital-uses-virtual-reality-to-operate-on-patient)

11)ComputerWeekly.com(https://www.computerweekly.com/news/450428692/Royal-London-Hospital-uses-virtual-reality-to-operate-on-patient)

12)ComputerWeekly.com(https://www.computerweekly.com/news/450428692/Royal-London-Hospital-uses-virtual-reality-to-operate-on-patient)

画像ではなく3Dモデルを参照する時代に──執刀医を支援する3Dテクノロジーも

また、3D技術を活用し、医師が手術を円滑に行なうことを支援するシステムも登場しています。

CT画像の3Dモデルで仮想手術を可能にする「True3D」

2012年に設立されたサンフランシスコのスタートアップEchoPixel13)は、患者の腹部CT画像の3Dモデルを表示する、医療用画像装置「True3D」を開発しています。True3Dは、3Dモデルで患者の臓器や組織を視覚化。臨床医に対し、インタラクティブなホログラフィックを提供します。True3Dを活用することで、医師は実際の身体に相対するときと同じように、医療用画像(標準のDICOM CT、MR、心エコー検査、C-Arm透視など)と“対話”できるようになります。

具体的には、臓器、血管、その他の器官のホログラフィック画像に対して、医師は回転、サイズ変更、解剖を行い、患者ごとの仮想手術が可能になるとのこと14)。臨床医が患者固有の解剖学的形態、機能、フローを表示・操作して診断を改善し、より正確な手術計画を立てる一助にもなります。

13)EchoPixel(https://echopixeltech.com/)

14)EchoPixel(https://echopixeltech.com/problem-solution.html)

手術中に3Dホログラフィックを表示する「Medivis」

Medivis15)は、2016年に設立されたニューヨークのスタートアップ。手術向けのビジュアル化ツール「SurgicalAR」を提供しています。HoloLens越しに、手術中の患者の身体に重ね合わせるかたちで、臓器の3Dモデルを目の前に表示。加えて、CTスキャンの代わりに3Dホログラフィックを利用することで、合併症を防ぎ、患者の安全性を高めてくれるメリットもあります。これまで200 回以上の手術で使用して成功し、患者の放射線曝露も削減。カテーテルの場所も、従来の約2倍、1mmの精度で表示可能になりました16)

2019年にはFDA(米国市場で医療機器を販売する際の認証)を取得し、全米の病院への展開をスタート。デルやマイクロソフトとハードウェアについてのパートナーシップを締結、また通信大手ベライゾンとも5G通信におけるパートナーにもなっています。

Medivisはさらに、医療用の教育用ツールキット「AnatomyX」もリリース。HoloLensとMagic Leap Oneに対応するこのプラットフォームは、すでに米国のウェスト・コースト大学で導入されています。

15)Medivis(https://www.medivis.com/)

16)Microsoft Azure(https://azure.microsoft.com/en-us/blog/mixed-reality-momentum-hololens-2-expands-globally-and-new-azure-service-launches/)

“X線以来の革新”か?手術中にHMD越しにナビゲーションを受けられる「Proprio」

2016年に設立されたシアトルのスタートアップProprio17)は、3D手術ナビゲーションシステムを開発。複数のセンサーから取得したビューを合成することで、ヘッドマウントディスプレイ越しに、手術中の患者の身体に3Dナビゲートを投影します。

独自の撮影技術、MR技術、AI・ロボット工学を活用しているため、顕微鏡、ルーペ、モニター、放射線画像といった従来のツールは不要。手術プロセスを簡素化しつつ、大幅な精度向上が見込めるうえ、放射線曝露も回避できます。同社は投資家にも「外科手術の領域で、X線以来の最も革新的テクノロジー」と評されています18)

17)Proprio(https://www.propriovision.com/)

18)Proprio(https://www.propriovision.com/news/proprio-raises-23-million-in-series-a-funding-led-by-dcvc)

どこにいても、同じクオリティの医療を受けられる社会へ

国内では主にアカデミア主導、イギリスやアメリカを中心とする国外ではスタートアップをはじめとする企業主導で、遠隔手術の社会実装が進んでいる様子をリポートしました。

地域や病院によって医療のクオリティに差が生じるような事態があってはならないはず。どこにいても、同じように良質な医療を受けられる社会の実現に向け、高度医療の地域偏在を解消してくれる遠隔手術は、より一層重要になるでしょう。

<出典>
*1
Edgar Rojas-Muñoz, Maria E. Cabrera, Chengyuan Lin, Daniel Andersen, Voicu Popescu, Kathryn Anderson, Ben L. Zarzaur, Brian Mullis, Juan P. Wachs,The System for Telementoring with Augmented Reality (STAR): A head-mounted display to improve surgical coaching and confidence in remote areas,Surgery,Volume 167, Issue 4,2020,Pages 724-731,ISSN 0039-6060.