在宅でもメンタルヘルスを改善──「VRセラピー」が導く、医療におけるVR活用

在宅でもメンタルヘルスを改善──「VRセラピー」が導く、医療におけるVR活用

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新型コロナウイルス感染症によるパンデミックにより、メンタルヘルスの課題が世界的に深刻化しています。他方、感染拡大を防止するために都市がロックダウンされ、外出が制限されている国や地域も少なくありません。

メンタルヘルスは悪化している。しかし、人との接触もしづらい──この八方塞がりな状況に対して、VRが突破口になるかもしれません。国内外の研究機関やスタートアップで、うつ病や依存症といった精神疾患の患者の治療に役立つ「VRセラピー」の研究と実装が進んでいます。本記事では、海外のVRセラピーの動向を追いかけながら、その真価を問います。

パンデミック以降、メンタルヘルスの課題が深刻化

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パンデミック以降、メンタルヘルスにまつわる課題が深刻化しています。

マサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学の合同研究チームが、投稿型ソーシャルサイト「Reddit」の投稿をもとに、新型コロナウイルスのパンデミックにおける人々の発言とメンタルヘルスの関連性を分析しました*1。健康不安に関するフォーラムでは、1月上旬に新型コロナウイルス関連の投稿が急増しており、これは他の支援系カテゴリでそうした投稿がなされるようになった時期より約2カ月早いそうです。さらにパンデミック中は、特定のカテゴリで「経済的なストレス」「孤立」「家」などに関する投稿が増えているとわかりました。

こうしたメンタルヘルスの状況を改善するためのアプローチはさまざまありますが、注目を集めているものの一つが、VRを活用したセラピーです。

VRで認知行動療法──メンタルヘルス改善から依存症、コロナの心理的後遺症まで支援

現実の受け取り方やものの見方といった「認知」に働きかけて、気持ちを楽にしたり行動をコントロールしたりする、認知行動療法。1950年代に米国で生まれ、1970年代に米国ペンシルバニア大学のアーロン・T・ベックが精神療法(心理療法)として確立させたこのアプローチが、近年ますます注目を集めています。この認知行動療法を、VR上で行う取り組みが隆盛しています。

メンタルヘルス改善のVRプラットフォーム「Psious」

VRによる認知行動療法を試みる取り組みの一つが、セラピストとメンタルヘルス専門家向けのVRプラットフォームPsious1)です。バルセロナ発の同サービスは、患者の身体的反応を測定し、それに応じて適切なVR環境を提供。世界60カ国、15,000人の患者が参加し、100,000セッションを実施しており、多くの有名な医療機関や研究機関とも提携しています。

高所恐怖症や飛行機恐怖症、広場恐怖症や閉所恐怖症といった恐怖症から、アルコールやタバコ、ドラッグの依存症、そして摂食障害やうつ病など、幅広い精神疾患の治療に対して効果を発揮したとの報告があります2)

1)Psious(https://psious.com/)

2)Psious(https://psious.com/virtual-reality-therapy/)

VRで禁煙治療を支援する「MindCotine」

MindCotine3)は、在宅勤務している従業員のための禁煙プログラムをVRで提供します。ニコチン中毒者のための、スマートフォンを利用したVRプログラムを開発。VRにマインドフルネス、CBT(認知行動療法)、およびコーチングを組み合わせた独自技術「VR-MET」を所持しています。

3)MindCotine(https://www.mindcotine.com/)

ダイエットから慢性疾患、メンタルヘルスの治療までサポートする「Vida Health」

Vida Health4)は、VRデバイスこそ活用していないものの、バーチャルセラピーによるメンタルヘルスの改善支援に取り組んでいます。パーソナルデータをもとにプログラムを構成し、ダイエットや運動、睡眠改善から、糖尿病や高血圧といった慢性疾患、そしてメンタルヘルス改善まで支援。エキスパートコーチとライセンスを受けたセラピストとのビデオセッションに加え、体重計、血糖値計、フィットネストラッカーなどと接続して同期する、モバイルアプリによる支援も行われます。

2020年8月に結果が公開された研究によると、同社が提供する認知行動療法プログラムは、不安とうつ病の軽減に効果を発揮することも証明されたと報告されています*2。Vida Healthのプログラムに参加したうつ病患者は、34%が3ヶ月後には症状が緩和。さらに6ヶ月後には43%、9ヶ月後には61%の患者の症状が和らいだといいます。不安神経症についても同様の改善パターンが見られ、3ヶ月後に31%、6ヶ月後に49%、9ヶ月後に55%の患者の症状が緩和されました。

4)Vida(https://www.vida.com/)

ADHDからコロナの心理的後遺症まで支援する「XRHealth」

ニューヨーク・ブルックリンを拠点とするXRHealth5)は、2020年9月、ADHD症状の改善を目的としたアプリケーションをローンチしました。ゲームのようなトレーニングや現実に即した体験を提供し、注意力、衝動性、より複雑な思考能力といった認知機能の向上を支援します。直近では、新型コロナウイルス感染症に関連するリハビリプログラムも展開。新型コロナウイルス感染症から回復した患者の3人に1人が、神経学的または心理的後遺症を経験しているといいます。XRHealthはVRセラピーによって、記憶力低下、協調、疼痛管理、呼吸不全、ストレス、および不安に対しての治療も提供しています。

5)XRHealth(https://www.xr.health/)

VRで不安障害や恐怖症の克服を目指す「Anxiety & Depression Center」

カリフォルニアのセラピストチーム「Anxiety & Depression Center6)」は、VR-CBTに取り組んでいます。不安障害やさまざまな恐怖症の治療の一環として、VR療法のセッションを実施。VRヘッドセットを着用し、さまざまな状況のシミュレーションを行うことで、不安への対処療法を学びます。

6)Anxiety and Depression Center(https://anxietyanddepressioncenter.com/virtual-reality-enhanced-cbt/)

VRでうつ病を支援するデジタル治療を開発する「ジョリーグッド」

国内スタートアップのジョリーグッドは、認知行動療法の理論にもとづいたデジタル治療「VRDTx7)」を開発。国立精神・神経医療研究センターと共同で、VRゴーグルをかけたうつ病患者に自然の風景や趣味などの映像を見せ、前向きな感情を呼び起こす研究を行っています。2021年にも臨床試験(治験)を始める計画で、デジタル薬として承認取得を目指すそうです。

7)Jolly Good(https://jollygood.co.jp/vrdtx)

研究・発表されたVRセラピーの治療効果

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VRセラピーは、スタートアップや医療機関による取り組みのみならず、アカデミアにおける研究も積極的に進められています。恐怖症や不安障害などの治療に対する効果が発表されているようです。

VR上での曝露療法の効果

2011年刊行の『Advanced Computational Intelligence Paradigms in Healthcare 6』によると、VR上で行われる曝露療法が、社交不安障害(SAD)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、広場恐怖症を伴うパニック障害などの不安障害の治療に効果的であることが証明されたとの報告があります*3。アラクノフォビア、高所恐怖症、飛行機恐怖症といった恐怖症に対して、従来の生体内曝露に匹敵する効果を発揮するといいます。VR上での曝露療法は、患者の快適さと安全性を高め、さらには複雑または繊細なシナリオが可能になるといったメリットもあります。

社交不安障害の治療にも効果

2019年3月には、オランダ研究者による研究も実施されました*4。社交不安障害(SAD)の15人の患者が、最大16のVR-CBTセッションに参加。結果、SADの治療に、VRベースの認知行動療法が効果的だと判明しました。

急増するメンタルヘルスケア問題への福音となるか

VRセラピーは、研究・実践ともに積極的に可能性が探求されており、実際に効果も現われはじめているとわかりました。

パンデミックも収束の兆しが見えず、ますます不確実性が高まる昨今。人びとの活動が制限される状況が続くなかで、メンタルヘルスの問題は、より一層深刻化していくと想定されます。離れた場所から「Stay Home」しながらでも治療を受けられるVRセラピーは、現代人のウェルビーイングを向上させるための、重要なファクターだといえるでしょう。

<出典>
*1
Daniel M Low, MSc ; Laurie Rumker, MSc ; Tanya Talkar, MEng ; John Torous, MBI, MD ; Guillermo Cecchi, PhD ; Satrajit S Ghosh, PhD
Natural Language Processing Reveals Vulnerable Mental Health Support Groups and Heightened Health Anxiety on Reddit During COVID-19: Observational Study
The Journal of Medical Internet Research
Published on 12.10.20 in Vol 22, No 10 (2020): October

*2
Venkatesan A, Rahimi L, Kaur M, Mosunic C
Digital Cognitive Behavior Therapy Intervention for Depression and Anxiety: Retrospective Study
JMIR Ment Health 2020;7(8):e21304

*3
Scozzari S., Gamberini L. (2011) Virtual Reality as a Tool for Cognitive Behavioral Therapy: A Review. In: Brahnam S., Jain L.C. (eds) Advanced Computational Intelligence Paradigms in Healthcare 6. Virtual Reality in Psychotherapy, Rehabilitation, and Assessment. Studies in Computational Intelligence, vol 337. Springer, Berlin, Heidelberg.

*4
Chris N W Geraets, Wim Veling, Maartje Witlox, Anton B P Staring, Suzy J M A Matthijssen, Danielle Cath
Virtual reality-based cognitive behavioural therapy for patients with generalized social anxiety disorder: a pilot study
doi: 10.1017/S1352465819000225. Epub 2019 Mar 27.
PMID: 30915939