医療を支えるAR/VRテクノロジー。遠隔地との“共同手術”、バーチャル手術、VRセラピーなど最前線事例

医療を支えるAR/VRテクノロジー。遠隔地との“共同手術”、バーチャル手術、VRセラピーなど最前線事例

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新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い、遠隔医療にまつわる規制緩和が一気に進んでいます。2020年4月には、国内でオンラインによる初診が時限的に解禁されました1)。恒久化に向け、2021年夏をめどに制度の骨格作成も進められています2)

アメリカでも2020年3月、遠隔医療の利用が一気に拡大3)しました。世界的に遠隔医療が解禁されていく中で、それを支えるテクノロジーにも注目が集まっています。ビデオ通話やチャットツールに加えて活用が進んでいるのが、AR/VRテクノロジーです。

遠く離れた医師たちの協働を可能にするARプロダクト、医療トレーニングにおいて通常の倍以上の学習効果を発揮するVRコンテンツなど、さまざまな医療領域で社会実装が進展。本記事では、着々と医療分野にイノベーションを起こしつつある、国外のAR/VRテクノロジーの最前線をレポートします。

1)日経メディカル(https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t344/202004/565122.html)

2)NHKニュースサイト(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201221/k10012776581000.html)

3)BUSINESS INSIDER(https://www.businessinsider.jp/post-219556)

遠隔手術を可能にするARテクノロジー。イギリスとインドでの“共同手術”も

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手術といえば、閉ざされた手術室の中で執り行われることが前提となります。しかし、ARテクノロジーを活用すれば、遠く離れた医師と共同で手術をすることも可能になります。

国境を超えた協働が可能になるAR手術支援システム「Proximie」

イギリス発の「Proximie4)」は、遠く離れた外科医同士の協働を可能にする、AR手術支援システム。手術時に支援を必要とする外科医に対し、離れた場所にいる医師がリアルタイムでサポートできる、音声や動画、ARを用いたWebベースのダッシュボードです。

手術している部分のライブビデオ画像に、遠隔地の専門家が電子上で注釈や図を上書きします。これによって、切開すべき場所や避けるべき箇所を指示できます。そのほか、スキャンしたデータや診療記録に上書きできる機能、詳細な手術の記録を保存しておけるライブラリー機能を備えています。また、手術の報告を受けた専門家がそれまでの処置を検討できるように、すべての対話をタグ付けしているといわれています。

レバノンのアメリカン大学病院、アメリカのUMass Memorial Health Care、ロンドンのガイズ・アンド・セント・トマス病院など30カ国以上の医療機関で、毎月250件超の外科手術にProximieが用いられています。また、イギリス国防省は2019年、世界中の英空軍野戦病院と英海軍艦艇でProximieのARシステムを利用する複数年契約を締結。2020年4月には、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、イギリスの国民保健サービス(NHS)の中でもProximieの技術が使われるようになりました。

4)Proximie(https://proximie.com/)

専門医と執刀医が“共同手術”を行なう「STAR」

遠隔から手術を支援できるプロダクトとしては、テレメンタリングプラットフォーム「STAR5)(the system for telementoring with augmented reality)」もあります。遠隔地にいる専門医が、ARを通して現地の執刀医と視界を共有し、大型のタッチパネルで患者の切開箇所などにラインを引いて指示。それが現地の執刀医のもとにARとして表示され、そのラインに沿ってメスを入れていくことができます。緊急を要する状態であっても、STARによるAR手術によってある程度の危機を脱してから搬送する、といった手法を取ることも可能になるでしょう。

実際にSTARを利用した医師はパフォーマンスが10%向上し、ミスも67%減りました。さらに、経験の浅い医師に限れば、パフォーマンスは20%向上し、ミスが92%減っています。また、利用者が自身の施術に対して感じる自信についても、約25%向上したそうです*1

5)「The System for Telementoring with Augmented Reality (STAR): A head-mounted display to improve surgical coaching and confidence in remote areas」(ScienceDirect)(https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0039606019307445)

「HoloLens」による手術の“立ち会い”が可能に

2017年にはザ・ロイヤル・ロンドン・ホスピタルでも、ムンバイにいる外科医がマイクロソフトが提供するMRデバイス「HoloLens」を使って手術に“立ち会い”ました。アバターと3Dホログラムを通して、まるで部屋に一緒にいるかのように、ロンドンで執刀する医師とコミュニケーションを取ることができたといいます6)

利用した医師は、「世界中の著名な外科医と同じ画像を一緒に見ながら、症例について話し合える素晴らしい方法だった」と感想を述べています。また、3Dホログラムという形式であるがゆえに、従来の報告書から抜け落ちてしまうような細部もすべて共有できる点もメリットだと言います。

6)ComputerWeekly.com(https://www.computerweekly.com/news/450428692/Royal-London-Hospital-uses-virtual-reality-to-operate-on-patient)

VRを活用した医療トレーニングが隆盛。倍以上の学習効果も

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医療従事者のトレーニングでは、VR技術が大きな効果を発揮します。

経験の浅い医師にとって、生きている人間への手術を執り行うことは大きなプレッシャーを生み出します。しかし、VR上で精緻なシミュレーションを積んでおけば、安心してメスを入れられようになるかもしれません。米カリフォルニア大学(UCLA)の調査によると、VRを用いた手術トレーニングは従来のトレーニングの2.3倍の学習効果を示したといいます*2

「Osso VR」が、新たなる医療トレーニングを可能にする

カリフォルニア州パロアルトを拠点に、VRを活用した医療訓練コンテンツを提供するOsso VR7)は、トレーニング用のVRコンテンツを制作。血管外科手術の説明ビデオからロボット手術のトレーニングまで、さまざまなコンテンツを制作しています。フェイスブックの一部門であるOculus VRが開発するOculus Questヘッドセットを使用。20カ国、20の教育病院に配備されており、月間で1,000人を超える外科医が利用しています。また、アメリカの製薬会社 / ヘルスケア企業であるアボット8)も、心臓カテーテル検査・治療のトレーニング用VRの開発に取り組んでいるといいます9)

7)Osso VR(https://ossovr.com/)

8)Abbott(https://www.abbott.com/)

9)Diagnostic and Interventional Cardiology:(https://www.dicardiology.com/content/blogs/6-key-health-information-technology-trends-himss-2019 )

NHSによる支援プログラムにも導入された「OMS Medical」

イギリスでも、VRを活用した医療トレーニングの可能性が積極的に探求されています。ヘルスケアスタートアップのOxford Medical Simulation10)は、医療教育プラットフォーム「OMS Medical」を開発。救急医療、小児医療、メンタルヘルスなど、さまざまなジャンルのプログラムを提供しています。2019年には2つの病院で、糖尿病患者の緊急処置をテーマとした同社のVRトレーニングを試験的に導入しました11)。これは先ほども触れたイギリスの国民保健サービス・NHSによる支援プログラムの一環で行われており、国家的な注目度の高さがうかがえます。

10)Oxford Medical Simulation(https://oxfordmedicalsimulation.com/ )

11)QEEE:https://qeee.jp/magazine/articles/874 )

精神疾患の治療やメンタルヘルス改善を支援する「VRセラピー」

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VR技術を活用して精神疾患などを治療する、VRセラピーのサービスも現れはじめています。

セラピストによるサポートもある、VRセラピー「Vida Health」

Vida Health12)は、VRセラピーによるメンタルヘルスの改善支援に取り組んでいます。パーソナルデータをもとにプログラムを構成し、ダイエットや運動、睡眠改善から、糖尿病や高血圧といった慢性疾患、そしてメンタルヘルス改善まで支援。エキスパートコーチとライセンスを受けたセラピストとのビデオセッションに加え、体重計、血糖値計、フィットネストラッカーなどと接続して同期するモバイルアプリによる支援も行われます。

12)Vida(https://www.vida.com/)

PTSDを治療するVRコンテンツを提供する「Bravemind」

Bravemind13)は、戦地の記憶を段階的に追体験することで、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を治療するVRコンテンツを提供。VRによるリアルな追体験のみならず、再現度や追体験にかける時間を個々の患者の状態に応じて最適化することで、効率的な治療に取り組んでいます。VRが持つ没入感をPTSDの曝露療法(心の傷の原因になった体験を思い出しながら、体験への認知を修正していく手法)に活用する研究は、さまざまな研究機関で進められているそうです14)

13)SoldierStrong(https://www.soldierstrong.org/bravemind/)

14)Institute for Creative Technologies(https://ict.usc.edu/prototypes/pts/)

アフターコロナに向けたリハビリプログラムも展開する「XRHealth」

ニューヨーク・ブルックリンを拠点とするXRHealth15)は、VRを用いた遠隔リハビリ治療を手がけています。これまで脳卒中のリハビリや記憶障害、神経疾患などの症状に対応する遠隔治療ソフトをリリースしてきました。2020年9月には、ADHD症状の改善を目的としたアプリケーションもローンチしました。ゲームのようなトレーニングや現実に即した体験を提供し、注意力、衝動性、より複雑な思考能力といった認知機能の向上を支援します。

XRHealthはVRセラピーによって、記憶力低下、協調、疼痛管理、呼吸不全、ストレス、および不安に対しての治療も提供しています。

15)XRHealth(https://www.xr.health/)

「知識」だけでなく「経験」もシェアできる時代に

遠隔手術、医療トレーニング、VRセラピーの3カテゴリで、医療におけるAR/VRテクノロジーの活用事例を紹介しました。

AR/VRに関する議論は、現実の都市や社会のすべてが1対1でデジタル化された世界である「ミラーワールド」や、フォートナイトやマインクラフトに代表される巨大なデジタル空間「メタバース」などのプラットフォームにより拡張されつつあります。

現在はゲームやエンタメなどの領域を中心に注目されていますが、仮想空間にはじまって徐々にリアル空間に染み出していったインターネット同様、医療のような社会生活の根幹を担う領域までAR/VRに関連するテクノロジーが進出していくのも、そう遠い未来ではないかもしれません。

『WIRED』創刊編集長のケヴィン・ケリーは、VRの登場により、われわれはドキュメントや画像、動画といった「知識」だけではなく、「経験」をインターネット上でやり取りできるようになると予測しています16)。医療においても、AR/VRの活用が進むのに伴い、症例や治療法の共有にとどまらず、手術やセラピーといった「経験」をインターネット上でシェアできるようになっていくでしょう。

16)電通報(https://dentsu-ho.com/articles/4402)

<出典>
*1
Edgar Rojas-Muñoz, Maria E. Cabrera, Chengyuan Lin, Daniel Andersen, Voicu Popescu, Kathryn Anderson, Ben L. Zarzaur, Brian Mullis, Juan P. Wachs,The System for Telementoring with Augmented Reality (STAR): A head-mounted display to improve surgical coaching and confidence in remote areas,Surgery,Volume 167, Issue 4,2020,Pages 724-731,ISSN 0039-6060.

*2
Blumstein G, Zukotynski B, Cevallos N, Ishmael C, Zoller S, Burke Z, Clarkson S, Park H, Bernthal N, SooHoo NF. Randomized Trial of a Virtual Reality Tool to Teach Surgical Technique for Tibial Shaft Fracture Intramedullary Nailing. J Surg Educ. 2020 Jul-Aug;77(4):969-977.
doi: 10.1016/j.jsurg.2020.01.002. Epub 2020 Feb 5. PMID: 32035854; PMCID: PMC7351249.