第3回 「織田信長と糖尿病」対談後編


田中智洋先生

名古屋市立大学大学院 医学研究科
消化器・代謝内科学分野 准教授
田中智洋先生

大川内幸代先生

刈谷豊田東病院
診療科医長
大川内幸代先生

織田信長は、信頼関係を築きやすい患者?

大川内先生 織田信長の食習慣や置かれていた環境などについておおよそ分かったところで、いよいよ「信長の主治医だったら」というテーマに移りたいと思います。まずは、患者としての信長は、どのようなタイプだと思われますか?

田中先生 そうですね。私の勝手な思い込みかもしれませんが、ひとことで言うと、とても合理的な人だと思います。

大川内先生 私もそう思います。

田中智洋先生

田中先生 だとすると、理屈で話ができるので、その意味では患者さんとしては比較的信頼関係を築きやすいタイプかもしれません。例えば食事にしても、白米やお砂糖や干し柿をたくさん食べると体のなかで何が起きるのか、それがどんな症状として出てくるのかを、一つひとつ段階を踏んで説明し、「だからこの点に注意してくださいね」「この程度までならいいですよ」などと具体的に説明すれば、納得していただけるのではないでしょうか。逆に、理論立てての説明を十分にしないまま「これを食べましょう」「これを食べるといけません」「この薬を飲んでください」という対応では、納得いただけないどころか、切り捨てられてしまいそうな気がします(笑)。

大川内先生 それはあり得ますね(笑)。信長はわがままで冷酷な人物のように思われていますが、田中先生がおっしゃるように、理が通っていれば受け入れてくれるのではないでしょうか。

大川内先生 ところで、田中先生は信長レベルとまではいかなくても、日頃、気難しい患者さんを診ることもあると思います。そういうとき、コミュニケーションで心がけていることはありますか?

田中先生 気難しい患者さんにも、よく話されるタイプと寡黙なタイプがいらっしゃいますので、少し接し方を変えています。よく話されるタイプの患者さんに対しては、やはりなんといっても傾聴を心がけています。気難しくてもご要望を言葉にしてくださる分、それに丁寧にお応えしてゆくことで信頼関係は築きやすいです。一方、寡黙な患者さんに対しては、丁寧な説明を心がけて、段階ごとにご理解いただけているかを一つひとつ確認しながら進めていきます。大川内先生は、どうなさっていますか?

大川内先生 私の場合、最初は難しいと感じた患者さんでも、時間をかけておつき合いしていくなかで、徐々に距離が縮まることが多いですね。聞かれたことにはしっかりお答えして、例えば治療薬を選ぶ際には患者さんに何種類かの機序を説明しますが、すぐに結論を出すのではなく、次回までに考えていただいたり、ご家族と相談いただいたりと、少し時間を置くことを心がけています。

田中先生 今、お話を伺っていて思いついたのですが、信長の場合、病気や治療に不安を感じていても、弱みを見せないよう素直に話してくれないということもありそうなので、本人にばかり根掘り葉掘り聞こうとするのではなく、近習から情報を収集するのも有効な手段かもしれませんね。今でいうところの多職種連携のような感じで、医師には言いにくいことでも看護師さんや薬剤師さん、管理栄養士さんには言えることがあるかもしれないので、別の方から情報収集するのも良さそうだと思いました。また、当時は千利休などの茶人は、政治とは距離を置いた存在だったように思います。医師に対してもそのような感じで、「余計な口は出さないけれど、何か珍しい面白い話をする技術者」のように思ってもらえれば、医師と患者としての良い信頼関係が築けるのではないでしょうか。

治療は不規則な生活を前提に

大川内先生 続いては、具体的な治療の話に入っていきたいと思います。まず、食事療法は、やはり白米を玄米に置き換えるところからですか?

田中先生 食べる量にもよりますが、主食中心だったとしたら、白米だけだと糖質が多過ぎる可能性がありますね。特に戦の最中はどうしても早食いがちになるでしょうから、白米に少し玄米を混ぜると良いでしょう。食物繊維が多く摂れて、食後の高血糖も抑制できると思います。一方で戦に出ていないときは、よく噛んでゆっくり食べること、野菜をしっかり摂ることを心がけていただきたいです。

大川内先生 運動療法については、いかがでしょう?信長は、運動不足ということはなかったと思いますが。

田中先生 そうですね。運動量は十分だったと思いますが、もしかすると頑張り過ぎていた側面もあったかもしれません。剣術の掛かり稽古のような高強度の低酸素運動が多かったとすると、アドレナリンやノルアドレナリンが分泌されますし、乳酸値の上昇も生じて心臓にも負担がかかります。それよりも、軽い乗馬のような有酸素運動をなるべく行っていただきたいです。

大川内先生 男性はデータ好きの方が多いので、今の技術が使えるなら、運動系のアプリを使って歩数や消費カロリーをグラフ化すると、成果が見えてより前向きに取り組んでもらえるかもしれませんね。小姓の森蘭丸に「信長さま、今日は一万歩です!」みたいな感じで報告してもらったりして(笑)。

田中先生 面白いですね。新しいものが好きだったようですから、持続グルコースモニタリング(CGM)なども気に入ってもらえそうですね。

大川内先生 そうですね。では、信長の時代にはまったくなかった現代医学の薬物治療についてですが、ここまでの内容を踏まえて、田中先生ならどのような薬剤を選択されますか?

田中先生 やはりインスリン分泌能や糖代謝などの検査を行い、その結果を踏まえたうえで薬剤選択を行うことになったでしょうね。その上で、合戦に追われて栄養バランスの良くない食事を早食いしてばかり、という生活であっても、第一に低血糖を起こさないこと、また第二に顕著な高血糖を起こさず平坦な血糖管理ができる薬剤を選択します。信長は痩せ型ですが、例えば、低血糖のリスクが少ないビグアナイド薬は良いと思います。また、1日1回や週1回服用のDPP-4阻害薬は、低血糖リスクも少なく食後高血糖の低下が期待されることもあり、生活が不規則な信長には適していると思います。同様に週1回投与のGLP-1受容体作動薬も、効果が大いに期待できると思います。必要であればビグアナイド薬とDPP-4阻害薬の配合剤も良い選択肢でしょうね。逆に、毎食直前に服用する必要のある薬剤や、血糖に関わらずインスリンを分泌させることで低血糖リスクが増加するSU薬やグリニド薬、インスリン製剤などは、信長にまず使われるべき薬剤としては優先順位が低いのではないでしょうか。

田中智洋先生

大川内先生 たしかに、先が読めないことの多いライフスタイルの信長には、こうした薬剤が適していますよね。

糖尿病治療がうまくいっていれば、江戸幕府は誕生していなかった!?

大川内先生 では、さらに想像を膨らませたいと思います。本能寺の変で明智光秀が謀反を起こしたのは、信長にいじめられたからだという怨恨説のようなものも考えられます。有力な説ではないと思いますが、謀反まで起こすからには光秀には何かしらの不満があったと思うのです。つまり、糖尿病の合併症による神経障害でイライラした信長が、ちょっとしたことで光秀に理不尽な当たり方をして、それが二人の関係性に影を差した可能性も否定できないのではと思うのですが、どうでしょうか。

田中先生 影響したかもしれませんね。実際、糖尿病のある人のなかにも、神経障害による下肢の疼痛から睡眠障害になられたり、日々の生活の中でもイライラが高じてつい気が立ってしまう方がおられます。もし私が、糖尿病発症後の早期から信長の主治医を務めていたとしたら、神経障害を起こさないよう、不規則な生活の中でも可能な限りの良好な血糖管理を目指したと思います。

大川内先生 本能寺の変が怨恨説だと考えると、治療がうまくいって神経障害を起こしていなければ、本能寺の変はなかったかもしれないですね。当然、歴史は大きく変わっていて、信長は毛利を傘下に収めて、天下統一を果たしていたのではないでしょうか。そして、盟友の豊臣秀吉や徳川家康を大大名に据えて、織田政権ができていた可能性も大いにあり得ます。糖尿病とともに高血圧症の管理もしっかりとできていたら、信長も家康ぐらい長生きできたかもしれないですね(徳川家康:享年75歳)。信長の息子の信忠も優れた人物でしたから、政権もしっかり引き継げたでしょうし、江戸幕府は誕生しなかったのではないでしょうか。

田中先生 想像がどんどん広がりますね。

大川内先生 そういったことを考えると、医療が歴史に与える影響は、私たちが思っているよりもずっと大きいのだと、改めて実感しました。

田中先生 たしかに医療には、時のリーダーの生命や活動力を左右する力がありますから、当然、歴史にも大きな影響を与えてきたと思います。また、政権が民衆の支持を得るために、栄養や衛生面の向上を図ろうとするときには、医師がアドバイザー的な関わり方をしていたかもしれません。そういう面でも、歴史における医療や医師の役割は大きいと思います。

田中智洋先生 大川内幸代先生

大川内先生 医療が歴史を動かしたことがはっきりしている例としては、18~19世紀の疫病予防など公衆衛生面が挙げられると思います。ヒーローの命を助けたというストーリーではありませんが、これも医療の力です。

田中先生 そういう地道な部分でも、医療が歴史の大きなうねりに影響を与えていたと思うと嬉しくなりますね。

大川内先生 本当にそうですね。田中先生、今日はたくさんの興味深いお話をありがとうございました。

※本コンテンツの歴史に関する記載には、諸説ある中のひとつを取り上げた部分が含まれています。予めご了承ください。

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