患者さんのインサイトをまとめる

このチャプターでは、チャプター03 でご紹介した、インタビューや観察から得た患者さんの情報を、患者さんのインサイト(重要な動機・ゴール・ニーズ)としてまとめ、関与者の間で共有しやすくするための考え方や手法をご紹介していきます。

ここで整理のために、チャプター03 からこれ以降の流れを、以下のマトリックスで、ご説明します。【図:1】

このマトリックスは、イリノイ工科大学デザイン大学院で長年イノベーションや「デザイン思考」の教鞭をとり、かつ実践を行っている、ヴィジェイ・クーマー教授が考案された、デザイン・イノベーションのプロセスモデルで、「デザイン思考」のプロセスが分かりやすく網羅されています。

【図:1】デザイン・イノベーションのプロセス

【図:1】デザイン・イノベーションのプロセス

デザイン・イノベーションのプロセスは、ユーザー経験を深く理解し、そこから革新的な製品やサービスを開発するために使われているプロセスです。まず、縦軸に「抽象-現実」、横軸に「理解する-作る」を置いた4つの象限を作ります。

新しい製品やサービスを考える際には、まず中心の①機会を捉えるから始め、そこから左下、左上、右上、右下へと進めていきます。
左下の、「現実を理解する」では、②コンテクスト(文脈)を知る、③人々を知るという「調査」を行います。左上の「抽象的に理解する」では、「調査」で深く調べた内容を抽象的に捉えなおします。 ④インサイトを形づくるとは、調査結果から、インサイト(重要な動機・ゴール・ニーズ)を形づくっていく分析作業です。

次に、右上の「抽象的に作る」に進みます。調査とインサイトから、ユーザーが具体的に何を求めているかが明らかになっていますので、そのニーズを満たすアイデアやソリューションをここで出していきます。

最後に右下の、「現実的に作る」に進み、右上のアイデアや解決策を具体的に形にしていきます。プロトタイプなどの試作品や簡単な紙芝居などを使ったシナリオボードを作っていきます。

チャプター03 の調査は、左下の「現実」を「理解する」②③に当たります。
また、本編のチャプター04 の「患者さんのインサイト(重要な動機・ゴール・ニーズ)をまとめ、共有する」は、左上の、「抽象的」に「理解する」④に当たります。つまり、得た多くの具体的な情報を抽象化していきます。

この先、右上の「抽象的」に「作る」⑤⑥、右下の「具体的」に「作る」⑦と流れていき、一連の「デザイン思考」によるプロセスが完結します。患者さんのインサイトとしてまとめる上で大切なポイントは、チャプター03 の調査で得た患者さんニーズなどの情報を、あくまで患者さんの視点に立って、どういうレベルのニーズであるかを整理することです。

チャプター02 の、「05.提供者の視点と患者さんの視点の違い」にて、以下の3つのゴールのご紹介をしました。【図:2】

【図:2】3つのゴール

【図:2】3つのゴール

自身の上位概念のゴールを満たしてくれるほど、満足度は高くなります。調査で得た患者さんのニーズ情報は、どのレベルのゴールに当たるのかを整理をしていき、重要なニーズ・ゴールをインサイトとしてまとめていきます。海外での有名なケースに、GE ヘルスケアやフィリップスの、小児向けMRI の事例がありま す。【図:3】

これは、現在では日本の小児病院などでも設けられていますが、MRI 室の壁面と天井に、子供たちの好きなキャラクターや動物のイラストを描き、さらに MRI 本機にも同様のイラストを描いて、検査を受ける子供たちの恐怖感を取り除こうとするものです。

MRI の性能や操作性などの機能面の改善ではなく、患者さんの親御さんの表出していなかった(諦めていた)ニーズである、「子供が怖がらずに検査を受けるようにしたい」を発見し、そこから検査室の空間デザインを子供向けに改良するという施策に結び付けました。治療のために検査結果を得るという目の前のゴールから、より感情面や上位概念のゴールに目を向けたことで、これまで誰も満たす事のできなかったインサイト(子供が怖がらず に検査を受けることができれば…という隠れたニーズ)を獲得した好例です。

【図:3】チルドレンズ・ホスピタル・オブ・ピッツバーグの小児用MRI 検査室

【図:3】チルドレンズ・ホスピタル・オブ・ピッツバーグの小児用MRI 検査室

出典元:GE Healthcare, UPMC Children's Hospital of Pittsburgh
http://newsroom.gehealthcare.com/from-terrifying-to-terrific-creative-journey-of-the-adventure-series/

身近な、病院の待ち時間に対するニーズでも、観察やインタビューから、細かなニーズにまで目を向けることで、インサイトとしてまとめていくことができます。例えば以下のケースでは、患者さんの病院での待合室に関するニーズを、観察やインタビューを通じて抽出し、3つのタイプのインサイトに整理しています。【図:4】

【図4】: 病院待合室における、タイプごとのインサイト

【図4】: 病院待合室における、タイプごとのインサイト

観察やインタビューで得た情報を、インサイト(重要な動機・ゴール・ニーズ)としてまとめていくための手法は、プロジェクトに応じていくつかありますが、まず重要なことは、提供側の視線で見るのではなく、利用者の立場や気持ちになりきって、その人にとって大切なニーズは何かを考えることです。

HX メニュー