HX Insight:人は論理よりも感情で動く


人々の行動をより良い方向にデザインしようとする時、皆さんなら以下のどちらの前提で考えますか?

「人は合理的な生き物である」or「人は不合理な生き物である」

伝統的な経済学では、前者のスタンスを取るのがセオリーとされています。
それに対し、人間の持つ不合理な側面に目を向ける「行動経済学(behavioral economics)」という分野が近年、注目され始めてきました。行動経済学は理論よりも実践を重んじる学問で、生身の人間の活動(例えば買い物など)を、心理学の知見も用いつつ掘り下げていく点が魅力的です。
この領域の第一人者であるダン・アリエリー教授は、卓越した観察力とユーモアを兼ね備えた人物で、著書『予想どおりに不合理』でも実に多くの示唆を与えてくれます。

ヘルスケアの分野にもすぐに応用できそうな彼自身の実体験を一つご紹介しましょう。
皆さんも教授になった気持ちで、以下のシチュエーションを想像してみてください。

  • ある日、アリエリー教授は、C型肝炎であるとの診断を受けた。
  • 幸いなことに、臨床試験中の薬を試せば、症状が良くなる可能性が高い。
  • 一方で、上記の薬を続けなければ、肝硬変で死んでしまう可能性が高い。
  • この薬は、「1年半に渡って週3回の注射」を打ち続ける必要がある。
  • 注射を打った直後から約16時間は、頭痛や吐き気や悪寒などの症状が続く。

このような状況に置かれた場合、はたして人は「1年半に渡って週3回の注射」を打ち続けるでしょうか?
合理的な視点で考えれば、答えはイエスでしょう。「肝硬変で死ぬ」ことに比べれば、「頭痛や吐き気や悪寒」など取るに足らない症状だからです。
しかし、実際には、臨床試験に参加したほとんどの患者さんが薬を打ち続けることができませんでした。それどころか、1年半欠かさず注射し続けたのは、最終的にアリエリー教授ただ一人だけだったのです。

なぜこのような結果が起こったのでしょうか?
教授の分析によると、「今すぐに訪れる不快なこと」と「とても良いことだが、ずっと未来に成果が表れること」の両者を天秤にかけると、私たちは往々にして未来を犠牲にするほうを選んでしまいます。自らの命を左右する問題であるにも関わらず、目の前のことを優先してしまうというのは、実に不合理であり、個人的にとても驚きでした。

では、唯一の“成功者”であるアリエリー教授は、どのようなアプローチを採ったのか?
彼は何ともユニークなアイデアを実行に移しました。

  • 週に3回、レンタルビデオ屋に通い、観たい映画を借りる(教授は映画が大好き)
  • 借りた映画を見るのを一日中楽しみにして過ごす
  • 家に帰ると、注射をして映画のビデオをセットする
  • 副作用に備えてバケツや毛布を用意しつつ、映画を楽しむ

映画の楽しさで副作用の苦しさを凌駕する――。この方法は、一見すると、トリッキーなものにしか思えないかもしれません。
しかし、彼だけが唯一「1年半に渡って週3回の注射」を打ち続けることができた事実をふまえると、一考に値する視点なのではないでしょうか。

もし「人間は合理的に正しく判断し、行動するはずだ」という前提に立って問題を解決しようとすると、「肝臓の重要性を患者さんに繰り返し説く」といった正攻法のアプローチに行き着きます。しかしこれは、人間の持つ不合理性を考慮に入れていないため、行動変容には結びつきづらいかもしれません。

教授のアプローチでは、人を動かすのは正論や論理よりも「感情」です。「C型肝炎患者」という枠を超えた「映画好き」という自身の一面に着目し、ワクワクできるような仕掛けを施すことで、「目の前の不快(副作用)」を上回るポジティブな感情を形成し、行動を変容することに成功したのです。(ちなみに、ずっと未来にあるメリットの代わりに、今すぐ得られる報酬を与えるこの方法を、教授は「代替報酬」と呼んでいます)

個人的な意見ですが、ヘルスケアの領域では、医師も患者さんも「あるべき姿」を求められる傾向が強過ぎるあまり、必要以上に感情を抑え込んでしまうケースが少なくないのではないでしょうか?
だからこそ、合理的な考え方から少し離れたところにある「不合理」な側面(例えば人間の感情)にあえて着目することで、思わぬ光明が見えてくるかもしれません。

今回ご紹介した教授のアイデアは「代替報酬」にまつわるものでしたが、行動経済学には他にもさまざまな切り口が存在します。
皆さんのビジネス課題を解決するヒントの一つとして、行動経済学をぜひ取り入れてみてはいかがでしょうか?

執筆者
株式会社mct エスノグラファー
増田 伸生

出典/引用:『予想どおりに不合理』、著者:ダン・アリエリー 熊谷淳子(訳)
出版社:早川書房

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