【Web Excellent Pharmacy 第9回】Risk Management - もし原子力災害が起きたら ―安定ヨウ素剤配布に関する薬局・薬剤師の役割とは―

町野 紳

福島県薬剤師会/会長

町野 紳氏

宗形 明子

放射線ファーマシスト委員会/委員長

宗形 明子氏

2019年7月、原子力規制庁は、「安定ヨウ素剤の配布・服用に当たって」と題する安定ヨウ素剤の配布方法に関する解説書を改正した。

その配布方法として、薬局で配布することもできるという方法が提言された。

福島第一原発事故の経験から、福島県薬剤師会独自の資格として「放射線ファーマシスト」制度を設立し、放射線などに関する県民からの相談応需業務を行ってきた、福島県薬剤師会会長の町野 紳氏と放射線ファーマシスト委員会委員長の宗形 明子氏に、安定ヨウ素剤配布に関する薬局・薬剤師の役割について話をうかがった。

他人事ではない原子力災害

日本には、18の原子力発電所があり、そのうち運転停止中も含め33基の原発が設置されている(2019年12月現在)。

2019年は、全国各地で自然災害が相次いだが、南海トラフ地震などの巨大地震も心配される昨今、原子力災害は全国の設置地域のどこでも起こりうるので他人事ではない。

ただし、「福島第一原発と必ずしも同じリスクが全国に存在するわけではありません。原子炉には沸騰水型炉と加圧水型炉の二種類があり、タイプによりリスクも安全管理の方法も異なります」と町野氏は話す。

原子力発電や放射線の知識を持ち、地元の原発がどのタイプで、どのような安全策がなされているのか、リスクを減らすにはどのような方法があるのかは、それぞれの地元で考える必要がある。

安定ヨウ素剤の配布所として薬局を指名

今回改正された「安定ヨウ素剤の配布・服用に当たって」解説書*1では、全面緊急事態の場合、PAZ(原子力施設から概ね半径5km圏内)の住民が速やかに安定ヨウ素剤を服用できるように、地方公共団体は、対象住民に対して事前に安定ヨウ素剤を配布しておく必要があるとした。

事前配布対象者は、40歳未満の住民である。ただし40歳以上でも妊婦、授乳婦及び事前配布時点で挙児希望のある女性は対象となる。また、40歳以上であっても希望者には事前配布をしてもよいとされている。

事前配布に当たっては、「地方公共団体は、原則として医師による住民への説明会を定期的に開催する必要がある」と書かれている。

そして説明会では、「原則として医師により、安定ヨウ素剤の配布目的、効能又は効果、服用指示の手順とその連絡方法、配布後の保管方法、服用時期、服用を優先すべき対象者、副作用などの留意点等を説明し、それらを記載した説明書とともに安定ヨウ素剤を配布する」としている。ただし、仕事や学業などにより地方公共団体の説明会に出席できない住民もいると予想される。

そうした住民への事前配布率を上げるため、「地方公共団体が指定する薬局等に出向き、薬剤師等による説明を受けた上で安定ヨウ素剤を受領できるよう対応する必要がある」としている。

チェックシートを用いて薬剤師が判断

安定ヨウ素剤の服用等に関する検討チームが提案した、地域の医師会・薬剤師会による配布フローチャートは以下のような形だ。

  1. 地方公共団体が、事前配布対象の住民にチェックシートを配送
  2. 必要事項を記入したチェックシートを、対応可能な薬局に持参
  3. チェックシートで投与が服用不可の項目に該当がない場合、薬剤師が安定ヨウ素剤に関する説明を行い配布
  4. チェックシートで慎重投与項目等に該当した場合は、必要に応じて対応可能な医療機関を受診、安定ヨウ素剤の服用可と医師が判断した場合、薬局等にて配布
図1:地域の医師会・薬剤師会による配布フローチャート
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図1:地域の医師会・薬剤師会による配布フローチャート

「安定ヨウ素剤の配布・服用に当たって」*1 資料より

表1:安定ヨウ素剤に関するチェックシート
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表1:安定ヨウ素剤に関するチェックシート

「安定ヨウ素剤の配布・服用に当たって」*1 資料より

薬剤師はこのチェックシートを見て、その住民に安定ヨウ素剤が配布可能かどうかを判断する必要がある。その上で、安定ヨウ素剤の服用方法を説明する。ただし、通りいっぺんの“薬の説明”では、用をなさない。

町野氏は「安定ヨウ素剤配布について、薬剤師としての役割を果たすためには、高いレベルの知識と伝える力が必要です」と話す。

まず、その個人が安全に安定ヨウ素剤を飲めるかどうかのチェックが必要となる。そのために地域の医師会と相談しつつ、既往歴や服用薬など服用の可否を判断するために必要な情報を入手する。それだけでなく、いつ飲むべきか、飲んではいけない状況などを説明し、また自分の状況が変わったらそれが報告できる薬剤師がいるかどうかの確認も含めて、正しく理解してもらって初めて配布できる。

「例えば放射線を浴びるという場面があったときに、原子力規制委員会の判断に基づき地方公共団体(知事)の指示のもとに安定ヨウ素剤を服用することとなります。その個人が安定ヨウ素剤の性質、副作用を把握し、そのときが来たら躊躇なく飲めるように、薬剤師は事前に説明する必要があるのです」と町野氏は話す。

避難所等での安定ヨウ素剤配布で求められる薬剤師の役割

一方、UPZ(PAZの外側の概ね半径30Km圏内)は、「地方公共団体は、避難又は一時移転の際に安定ヨウ素剤を緊急配布できる体制を整備する必要がある」とされている。

UPZの住人は、全面緊急事態が起これば、屋内退避を実施し、その後状況に応じて、避難又は一時移転などの防護措置が講じられる。そのとき、指示に応じて安定ヨウ素剤が配布されることになる。このときも、ただ配布すれば良いわけではない。

第2種放射線取扱主任者でもある宗形氏は、「避難の途中(避難所に入る前に)外部被ばくしているか否かの検査(スクリーニング)をする必要があります。体の表面の汚染度合いを測定し、基準値以下の場合はそのまま避難所に向かいますが、基準値を超過した時は簡易除染をします。それでも基準値以下にならないような場合には、除染が行える機関に送られます。内部被ばくの防護措置として、避難所(や検査所)で薬剤師は安定ヨウ素剤の配布だけでなく、ゼリー剤や丸剤が飲めない乳幼児の為に安定ヨウ素剤の水剤の調整を担います。また安定ヨウ素剤の服用時期とその効果は密接な関係がありますので、投与する際には、被ばくからどれくらい時間が経過しているかに注意し、同時にお薬手帳などで服用禁忌、慎重投与、併用注意薬剤のチェックもします。平時に行われる事前説明も含めてPAZ、UPZの原子力災害重点区域においてはこのような役割が薬剤師にも求められるのです」と話す。

福島県薬剤師会が発足させた「放射線ファーマシスト制度」

福島県薬剤師会は、福島第一原発事故の経験を踏まえ、県民からの放射線等に関する相談に対し、正しい情報を伝達できる「放射線ファーマシスト」を養成している。

放射線ファーマシストは「児童生徒と直接話の出来る学校薬剤師、地域の薬局・ 薬剤師、そして意欲のある非会員の薬剤師等、講習会を受講後に試験を行い、合格者を放射線ファーマシストとして認定する」仕組みで、「初級・中級・上級の3段階を設け、初級編は文科省の『放射線に関する副読本』を再編集し、県内の学校薬剤師が担当校において、児童生徒を対象とした放射線に関する教育にも役立てる」、及び「緊急時における安定ヨウ素剤の調製と備蓄体制も指導する」など、啓発・教育と実臨床のシームレスな活動を行うことを目的としている。

2014年3月に発足し、2019年12月までに697名の放射線ファーマシストが誕生している。これまで、放射線ファーマシストは、放射線などに関する県民からの相談応需業務を行ってきた。相談内容としては、どの年代においても「食品」、「人体への影響」に関する相談が多かった。

2019年にその相談事例を踏まえた78事例が掲載されている「放射線に関するテキスト 上級編Q&A」を作成した。これは、放射線ファーマシスト上級者の養成テキストとしても使われている。

現在、放射線ファーマシスト初級者用テキストをホームページ上で公開しているが、2020年3月には、Q&Aも公開する予定である。「全国各地に情報を伝え、放射線ファーマシストの取り組みが広がって欲しい」という思いからである。

重要性を増す、放射線ファーマシスト

「安定ヨウ素剤を服用するリスクとベネフィットの判断は、専門家でなければ難しいでしょう。同時に、今本当に飲むべきなのかどうかの判断を求められる場面もあるかもしれません。薬剤師は、その任を負うことが出来る専門職であると思います」と町野氏は話す。

安定ヨウ素剤の服用の指示は県知事から出されることになっているが、今回の福島第一原発事故の時のようにそれが出されない状況で、薬剤師が判断せざるを得ないこともあるかもしれない。そのためには、放射線の知識が必要である。また、万が一原発に事故が起こった際、発電所や放射線の状況、服用指示などが速やかに薬局に伝達されるような体制をあらかじめ作っておくことも大切である。

福島第一原発事故は、未だ廃炉に至っておらず、県民は現在も不安や風評被害に悩んでいる(2019年12月現在)。ただ「正しい知識を持たず、何が何だかわからないけれど怖がっている人もいます」と町野氏は指摘する。

「県民が正しく放射線について知り、自ら考え、判断できる力をつけるために、知識を整理し正しい情報を伝えることは薬剤師の責務です」宗形氏もそう話す。

世界中でエネルギー問題が問われている今だからこそ、原子力発電所を抱える地域を中心に、「放射線ファーマシスト」の知識を持ち、考察を重ねていくことが求められているのではないだろうか。

  1. 「安定ヨウ素剤の配布・服用に当たって(令和元年7月3日全部改正)」(原子力規制委員会)(https://www.nsr.go.jp/data/000024657.pdf)