【Web Excellent Pharmacy 第8回】Professional - 東京都薬剤師会における 東京オリンピック・パラリンピックへの対応

公益社団法人 東京都薬剤師会

副会長 髙橋 正夫 氏
常務理事 貞松 直喜 氏
理事 宮川 昌和 氏
理事 和田 早也乃 氏

左から宮川氏・貞松氏・髙橋氏・和田氏
左から宮川氏・貞松氏・髙橋氏・和田氏
左から宮川氏・貞松氏・髙橋氏・和田氏

東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下:東京オリ・パラ大会)の開催まであと6か月。世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が、ロシアのドーピング不正にまつわるデータ改ざんに関して、ロシア選手団を今後4年間、国際的な主要大会への参加禁止処分を下したこともあり、大会が近づくに従いアンチ・ドーピングに対する関心が高まっている。

また、「もし、薬局にアスリートや家族・知人が薬やドリンク剤を買いに来たら?」「外国人観光客が薬を求めて来た時の対応は…」など様々な事が想定されるが、地域の薬局・薬剤師はどのような準備をしておく必要があるのだろうか。アンチ・ドーピング活動推進ワーキンググループを立ち上げ、選手・関係者や、薬剤師などを対象に最新の情報提供や啓発活動を行なっている公益社団法人 東京都薬剤師会に対応策を伺った。

“うっかりドーピング”を防止する東京都薬剤師会の対応策

第68回国民体育大会(スポーツ祭東京2013)における“うっかりドーピング防止”を目的とした東京国体対策特別委員会を前身に、2014年度よりドーピング防止、その普及啓発の活動を行なっている公益社団法人 東京都薬剤師会(以下:都薬)アンチ・ドーピング活動推進ワーキンググループ。東京オリ・パラ大会に向けて、最新のアンチ・ドーピングに関する知識を持つ公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構Japan Anti-Doping Agency(以下:JADA)認定のスポーツファーマシストの活動に期待が寄せられている。

左から宮川氏・貞松氏・高橋氏・和田氏
写真:各種団体から依頼された講習会の様子

近年、都薬ではドーピング関係の問い合わせ件数が年々増加傾向にある。「日本はドーピングに対してクリーンであることを前面に打ち出し、東京開催が決定したという経緯があるので、スポーツ団体のアンチ・ドーピングに対する意識は向上しており、講習会の依頼が増えています」と貞松氏。

「冬季の競技にはなりますが、2018年にアイスホッケー連盟から講習会の依頼があり、選手を対象にコーチやチームドクターも含めてディスカッション形式で開催しました。2019年も大会前に選手・役員に対して実施。繰り返し最新情報の確認をしていく必要があることを団体の方に気づいていただく事ができ、『ドーピングのことを考えるいい機会になった』とのお言葉もいただきました」と髙橋氏。

また、都薬ではドーピング防止に関する情報を提供することによりスポーツ選手に対する医薬品の適正使用の啓発を図るため、2006年度から会員薬局へ『薬剤師のためのアンチ・ドーピングガイドブック』の配布を開始し、2009年から東京都より事業の助成を受けてスポーツファーマシストがいなくてもどの薬局でも対応出来る体制を整備してきた。

「恐らくオリンピックに出場されるアスリートの方は競技が終わるまで管理された状態にあると考えられますので、大会が終わるまで街に出て薬を買いに来られるようなことはないと思います。しかし、今回のオリンピックには出場しないが、帰国後に大会が控えているアスリートの方が来局されることもあるかもしれませんし、選手のご家族や友人がドリンク剤や風邪薬を選手のために購入しようとした際に、“うっかりドーピング”が発生することも考えられます。期間中、薬剤師は誰が使用するのかをしっかり確認する必要があります」と貞松氏。

東京国体では、地域の薬局が『薬剤師のためのアンチ・ドーピングガイドブック』で使用医薬品を確認し、医薬品の陳列場所に『安心カード』をつけて表示する等の対策が取られたこともあり、ドーピング陽性件数0という成果が得られたという。また、アスリートが薬に関して相談をする際に自身がアスリートであることを申告しない、あるいは相談された者が気付かなかったことが原因で禁止薬物を含む製品を販売・調剤してしまう事態も起こり得る。

都薬では、東京都のスポーツ団体を通じてアスリートにお薬手帳や保険証に貼る『アスリートのためのドーピング防止シール』を作成し配布している。

図1:都薬ホームページ(うっかりドーピングを防止しよう) 図1:都薬ホームページ(うっかりドーピングを防止しよう)
図2:薬剤師のためのアンチ・ドーピングガイドブック 図2:薬剤師のためのアンチ・ドーピングガイドブック
図3:アスリートのためのドーピング防止シール 図3:アスリートのためのドーピング防止シール

障害者スポーツにおいても世界アンチ・ドーピング規程は適用される

薬剤師が留意しなければならないのは、障害者スポーツにおいてもWADAの規程が適用されることだ。パラリンピックの出場選手および障害者スポーツの選手は、常時薬を必要とすることも多い。障害者スポーツの団体は規模が小さいところも多く、スポーツドクターやスポーツファーマシストを配置できないケースもある。試合や合宿等でタイミングが合わず、これまでアンチ・ドーピングに関する講習を受講したことがほとんどない選手が少なからずいることから、公益社団法人 東京都障害者スポーツ協会より依頼を受け、東京ゆかりパラリンピック出場候補者強化事業の中で、アンチ・ドーピング講習を2019年11月に行なっている。

「まだ、スポーツファーマシストの存在を周知し切れていないこともあり、障害者スポーツの選手に限らず、体調が悪くなったときにドーピングが怖いから辛くても薬を飲まないアスリートも多くいます。スポーツファーマシストのみならず薬剤師に相談して頂ければ、ドーピングを心配せずに治療ができることをもっと広めていくことが大事だと感じます」と和田氏。

オリンピック選手の低年齢化で期待される学校薬剤師の活用

図4:小中学生向けのスライド
図4:小中学生向けのスライド

周知の必要性で言えば、スポーツ界では日本代表やトップ選手の低年齢化が進み、10代の選手も多いことから学校薬剤師による教育が求められている。

実際に学校薬剤師として小・中学校の現場で指導されている宮川氏は次のように話す。「中学校教育指導要領では、タバコ・アルコールの害、違法薬物乱用の危険性についての教育となっていますが、数年前から加えてアンチ・ドーピングの話をしています。生徒たちは、将来の自分に直接関係する話ということもあり、今まで以上に目を輝かせて聞いてくれます。この世代からしっかり教育をしていくことが大事ですし、私たち薬剤師の大切な役割だと感じます」。

都薬では、学校薬剤師等の活用資材として小中学生向けのスライドを作成している。また、小学生には学校側にフラッパー(JADA啓発資材)を配布しているケースもある。

検査精度が上がり、微量でも検知する。原薬への混入問題は今後の課題

しかし、最近、ドーピング検査の精度が上がったことから新たな問題が生まれているという。

東京オリ・パラ大会を目指すレスリング男子の選手が服用したジェネリック医薬品から、本来含まれていないドーピング禁止物質「アセタゾラミド」が検出された問題で、製薬会社に損害賠償を求め控訴した事例がある。原因は、海外の原薬メーカーにおいて製造段階で禁止物質が混入していたことが判明している。

「服用した医薬品等においては、ドーピング検査終了時までそのものを残して保管しておくことが重要となります。残せない場合でも製造番号や使用期限をひかえておくとよいと思います。自分に非がなく陽性となってしまった場合、証明する手段(資格停止期間の短縮等)となりうるからです。薬局が責任を問われる可能性もあるので薬局での調剤時には薬剤に不要な手は加えないよう、コンタミネーションを招く恐れのある散剤は分包された製品を使う、極力一包化調剤は行わないなど、心掛けていただきたいと思います」と髙橋氏。

薬剤師のための英会話教室(初級)を開催

また、2018年の訪日外国人旅行者数は3000万人(JNTO日本の観光統計データより)に到達。東京オリ・パラ競技大会組織委員会の資料から期間中の来日者数が、1,000万人と予想されていることから、開催地域の薬局店頭では一般用医薬品、サプリメントなどの販売時に英語でのコミュニケーション能力が必要と考えられる。都薬では、薬剤師が外国人へ医薬品等の情報提供が出来るようになる英会話の習得を目指した研修会として、『薬剤師のための英会話教室(初級)』を2019年の12月から4回開催している。

「早々に予想を上回る応募があり、開催数を増やしました。それだけ先生方の関心が高いことが伺えます。今はスマートフォンなどの音声翻訳ツールなどがあれば、ある程度の会話ができる時代ですが、専門用語を使うことも多くあります。講義では薬局での対応を想定した英会話を盛り込み、少しでも不安を解消していただきたいと企画しました。また、今後は、指で示せば症状がわかるようなシートを作成することも検討しています」と貞松氏。

東京オリ・パラ大会をきっかけとして周知したい

2019年はラグビーのW杯が大きな注目を集めたが、東京オリ・パラ大会の開催も一般の人達がスポーツに目を向けるチャンスとなる。

髙橋氏は、「これからスポーツを始めようという人も増えてくると思うので、アンチ・ドーピングについて周知をするには今が一番良い時期だと考えています。また、猛暑の中での開催となる今回の大会においては、国内外の観戦者に向けた熱中症対策などのため薬局の店頭に分かり易いように告知し、経口補水液・一般用医薬品などを取り揃える必要性もあると思われます」と話された。

図5:一般向け啓発資材としてのパンフレット
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図5:一般向け啓発資材としてのパンフレット