【Web Excellent Pharmacy 第5回】Education - 海外旅行者が耐性菌を逆輸入? ―国外から耐性菌を持ち込まないために、薬剤師ができることはー

大曲 貴夫

国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター/センター長

AMR臨床リファレンスセンター/センター長

大曲 貴夫氏

海外旅行先で抗菌薬を服用し、現地の薬剤耐性菌に感染し国内へ持ち込んでしまうケースが増えているという。

その原因は、海外で下痢などを起こしたときの自己判断における持参した抗菌薬の使用である。その使用実態が、AMR臨床リファレンスセンターが行った調査で明らかになった。

薬剤耐性(AMR)対策は、現在世界規模で取り組みが進められている。こうした現状のなかで、今回の調査から薬剤師が果たすべき役割について、AMR臨床リファレンスセンター センター長の大曲貴夫氏にお話しを伺った。

20代の男性の約8割が海外旅行に抗菌薬を持参

海外旅行中の下痢や腹痛の有無、薬の取り扱いについてのインターネットによるアンケート調査の結果が「海外旅行緊急調査レポート」*として発表された。対象となったのは、東南アジア、南アジアへの海外旅行経験を有する20~60歳の男女331人。

  • 出典:「海外旅行緊急調査レポート発表」(AMR臨床リファレンスセンター)
    http://amr.ncgm.go.jp/pdf/20190718_inbound_press.pdf

アンケート結果によると、「海外旅行先で下痢、腹痛になったことがある」のは、63.4%。ほぼ3分の2 の人が下痢や腹痛を起こしていたことが分かった。「海外旅行には薬を持っていくか」の質問に対しては、84%の人が「はい」と答えた。また、42.6%の人が「海外旅行先に抗生物質(抗菌薬)を持参したり、服用したことがある」と答えた。なかでも、20代の男性は78.8%と、約8割が抗菌薬を持って海外へ出かけているという実態が明らかになった。

図1:調査 SUMMARY<サマリー>

図1:調査 SUMMARY<サマリー>
出典:「海外旅行緊急調査レポート発表」(AMR臨床リファレンスセンター)
http://amr.ncgm.go.jp/pdf/20190718_inbound_press.pdf

海外からESBL産生菌などが持ち込まれる事例が増加

この調査は、薬剤耐性(AMR)対策に取り組む、国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンターが行ったもの。

同センターによると、「途上国に多く見られるESBL産生菌*などが持ち込まれる事例が増えている」のだという。薬剤耐性菌が多い東南アジアなどの旅先で下痢になり、持参した抗菌薬を自己判断で使用した場合、「身体に有益な菌も死に、現地で体内に入った抗菌薬が効かない薬剤耐性菌だけが残り、腸内で繁殖。それを体内に持ったまま日本へ持ち込む可能性が高くなる」と説明する。

  • ESBL産生菌:基質特異性拡張型βラクタマーゼ(Extended spectrum β-lactamases:ESBL)とよばれる酵素を産生する細菌の総称

調査報告書のなかでは、
 1.薬剤耐性菌が体内に残り、腸内で増殖し国内へ持ち込むことになる 
 2.マラリアや腸チフスなど命に関わる感染症の診断と治療が遅れる 
 3.抗菌薬の服用による下痢と区別がつかなくなる
と、海外旅行で抗菌薬を服用するデメリットが紹介されている。

図2:海外旅行で抗菌薬を服用するデメリット

図2:海外旅行で抗菌薬を服用するデメリット
出典:「海外旅行緊急調査レポート発表」(AMR臨床リファレンスセンター)
http://amr.ncgm.go.jp/pdf/20190718_inbound_press.pdf

薬剤耐性菌の啓発がアンケートの目的

今回のアンケートは、「薬剤耐性菌を巡る現状を一般の人に知ってもらい、薬剤耐性菌の問題を身近なものとして考えてもらうために実施しました」と、同センター長の大曲貴夫氏。

「一般の方からすると、薬剤耐性菌の問題はわかりにくいと言われます。まだまだ自分ごととは捉えられていません」と指摘する。ただ、現在のまま抗生物質が使い続けられていけば、「2050年までにはAMRによって年に1000万人が死亡する事態になる」と国連が警告している*1

それを防ぐには、医療者の意識改革だけではなく、「一般の人にもっとAMRの問題を身近なものとして捉えてもらう必要があります。旅先でお腹を壊すというのは、多くの人が経験していることです。以前だったら問題にはなっていませんでしたが、最近では薬剤耐性菌が下痢の原因となっている可能性もある、あなたの下痢と薬剤耐性菌は無縁ではないのです、ということを知っていただき身近な健康問題として捉えていただくことがアンケートの目的でした」と話された。

  1. https://news.un.org/en/story/2019/04/1037471
    No Time to Wait: Securing the future from drug-resistant infections
    Report to the Secretary-General of the United Nations April 2019

一般市民の啓発には時間がかかる

日本は、国連の予測を踏まえ、2016年4月に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」を策定した。

そのなかで、「国民及び医療従事者へのAMRに関する学修支援」が提言されている。日本では、ウイルスが原因となる疾患にも抗菌薬が有効との誤認が広がっている。そのため、一般市民へのAMRに関する学修支援の機会を増やすべきと、アクションプランに明記されている。

その結果をみるために、2017年と2018年の2回にわたり、国民の意識がどう変わっているかの調査も行われた。残念ながら、大きな意識変化は見られなかったという。

「ヨーロッパと比べると、正しい知識が行き渡っている率はまだ低いのが現状です」と大曲氏は話す。ただし、ヨーロッパでも国民の意識が変化するのに何年もかかったという。

「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」の提言から、一般市民の間に抗菌薬や薬剤耐性菌に関する基本的な知識が普及するように、毎年11月に「薬剤耐性(AMR)対策推進月間」キャンペーンが実施されている。

図3:11月は「薬剤耐性(AMR)対策推進月間」

図3:11月は「薬剤耐性(AMR)対策推進月間」

「ヨーロッパでの意識変化の経過を見ても、あと数年間、継続して啓発を行えば国民の意識が変わってくるだろうということは予測できます。ただ、そうしたなかでも、家族や友人、知人の話から変化を感じることがあります」とも大曲氏は言う。

「複数の医師から、患者さんから以前ほど“抗生物質を出してよ”と言われなくなったという話を聞いています。また、私の母の、高齢の手習いのお師匠さんが、“抗生物質を途中でやめると薬剤耐性菌ができちゃうのよ”と話していたと聞いて驚きました。少しずつではありますが、知識が浸透してきているのを感じています」。

抗菌薬使用についてきめ細やかな情報提供

今後の課題として、大曲氏は「さらに薬剤耐性を身近な問題として感じられるようにしていきたい」と話す。

その一例として、マイクロプラスチックをあげる。「マイクロプラスチックの問題は、みんな我がこととして捉えてますよね。だからペットボトルの使用を控えたり、外食店のプラスチックストローの使用停止も受け入れています。一方、徐々に広がってきているとはいえ、AMRの問題が国民一般に広く伝わっているかというとまだまだです。状況を変えるには、やはり一般の多くの人にこの問題を知ってもらって、それを行動につなげてもらうことが重要です」。

そして、そのためのキーパーソンとして薬剤師をあげる。「健康問題の情報源として、一般の人が一番信頼するのは医療者です。病気になれば病医院へ行くので、一番は医師であり、次に来るのは薬剤師。特に薬のことは、医師には話せなくても薬剤師になら話すことができるという人も少なくありません。残薬の確認とともに、抗菌薬の使用の問題について薬剤師が上手く説明してくれたら、すごく効果があるのではないかと期待しています」。

たとえば、「旅行に持って行っている抗菌薬は、以前処方されて使っていなかったものだと考えられます。ですから、抗菌薬は処方されたら必ず使い切ってくださいということを伝えていただきたい。また、手元に残っていた場合でも、自己判断で使わないようにということをわかりやすく話してもらえたらありがたいです。『下痢が続いている』『発熱している』などの相談を受けたときも、『最近、旅行に行かれていましたか?』などと一言聞いてみて欲しい」と話す。

海外旅行から帰って来て体調を崩す人は少なくなく、多くは放っておいても治ることが多い。しかし、なかにはとんでもない病気が隠れていることもある。たとえば、腸チフスやマラリア、デング熱などである。

そんなときに、自己判断で「取りあえず抗菌薬を飲んでおこう」と服用してしまうと、医療機関に受診するきっかけを遅らせ手遅れになってしまうことになる。また、感染を起こしている菌が検査に出にくくなり原因追及がしにくくなるということが起こり得る。

「医師も困るが、一番困るのは患者さんなのです。海外旅行帰りで下痢や発熱の相談があった場合は、ぜひすぐに受診するように、薬剤師から勧めていただけたらと思います」とAMR対策における薬剤師への期待を話された。

図4:海外旅行でのAMR対策 8か条

図4:海外旅行でのAMR対策 8か条
出典:「海外旅行緊急調査レポート発表」(AMR臨床リファレンスセンター)
http://amr.ncgm.go.jp/pdf/20190718_inbound_press.pdf