第10回 双極性障害診断のポイントとラツーダへの期待

武島 稔先生

出演・監修

武島 稔先生(医療法人 明心会 柴田病院)

本シリーズでは、精神科医療で先進的な取り組みを行っている施設の先生に、施設の特徴や治療方針、ラツーダへの期待などをお伺いします。
今回は、医療法人 明心会 柴田病院の武島 稔先生に、双極性障害診断のポイントとラツーダへの期待をご解説いただきます。

柴田病院の特徴と地域における役割

 当院は富山県高岡市の中心部に位置する124床の精神科病院です。その歴史は1935年(昭和10年)に保養所(私立救護施設)として設立され、1948年(昭和23年)に病院として開院されたのが始まりです。
 病棟は、主に慢性期の患者さんが多く、統合失調症や精神および行動障害の強い認知症の方の受け皿となっています。
 一方、外来は急性期の患者さんが多く受診されます。 高岡市は心療内科や精神科の開業クリニックが非常に少ない地域のため、当院の外来は開業クリニックとほぼ同じような役割を果たしています。患者さんは、20代から40代の働き世代の方が多く、疾患としてはうつ病や双極性障害などの気分障害が大部分を占めています。

双極性障害診断の難しさ

 双極Ⅰ型障害は明瞭な異常を示す躁病エピソードがあるので、診断に苦慮することは少ないと思います。 診断が難しいのは、軽躁病エピソードの同定を必須とする双極Ⅱ型障害です。 この軽躁病の期間は通常非常に短く、 長期観察の研究では、 双極Ⅱ型障害患者さんは、約13年間の観察期間のうち、50.3%をうつ状態で過ごし、対して軽躁病の期間はわずか1.3%だったことが示されています1)。また、定義上、軽躁病の機能障害は重篤ではありません。重篤でない過去の短期間の変化を証明することはとても難しいのです。しかも、ほとんどの患者さんはうつ状態からの救済を求めて受診し、軽躁病を元気で普通の期間と認識していることが多いので、検出することは容易ではありません。
 双極Ⅱ型障害を診断するためには、 スクリーニングツールなどを用いて、軽躁病エピソードを同定し、双極性障害を示唆する特徴を評価するなどの工夫が必要です。例えば、われわれの報告2)では、双極Ⅱ型障害ないし特定不能の双極性障害を大うつ病性障害(うつ病)から区別する因子として、「反復性の大うつ病エピソード(4回以上)」、「第1度親族の双極性障害家族歴」、「循環気質」、「大うつ病エピソードの初発年齢が若い(25歳未満)」、「抑うつ性混合状態(混合性うつ病)」の5因子を抽出しました。このうち、2因子以上が該当すると、特異度97.5%で双極性障害とうつ病を鑑別することが可能であることを報告しています。

1)Judd LL, et al. Arch Gen Psychiatry. 2003;60(3):261-9.
2)Takeshima M, et al. J Affect Disord. 2013;147(1-3):150-5.

抑うつ性混合状態(混合性うつ病)とは

 抑うつ性混合状態は、混合性うつ病とも呼ばれており、一般に抑うつエピソード(大うつ病エピソード)に躁病エピソードまたは軽躁病エピソードの閾値未満の躁・軽躁症状が併存する一種の状態像です。ですから、双極性障害とうつ病のいずれにもみられます。"混合性うつ病"という用語は、(単極性の)うつ病の一種であるという誤解を招く可能性がありますので、私は抑うつ性混合状態という呼び方を使います。
 抑うつ性混合状態の定義としては、抑うつエピソードにDSM-IVに定義された躁・軽躁症状が3個以上、1週間以上併存し、診察時まで持続しているというBenazziの提唱した基準が代表的です3)。うつ病に比べて双極性障害に多く認められるので(うつ病で約30%、双極性障害で約60%)、双極性障害を示唆するひとつの特徴になります3)。抑うつ性混合状態における躁・軽躁症状としては、思考競合ないしcrowded thoughts(混雑した思考;「頭の中に考えが詰まって一杯になる」と表現されることが多い)、易怒性、注意散漫、精神運動性の焦燥、多弁が多くみられ、気分高揚や自尊心肥大はほぼみられません。「不機嫌で、イライラして、落ち着かない抑制のないうつ状態」が近いイメージです。それゆえ、抑うつ性混合状態は、パーソナリティ障害や適応障害と誤診されやすいので注意が必要です。この抑うつ性混合状態についての理解が深まると、双極性障害の診断の正確性が増すのではないかと考えています。
 また、抑うつ性混合状態では、自殺リスクが極めて高いことが報告されていますが、普通のうつ病の薬物療法と同じように抗うつ薬を使用してしまうと、症状が改善しないばかりか焦燥や易刺激性が悪化し、自殺性が強まる可能性があるため、注意が必要です。 実際、国際双極性障害学会の双極性障害に対する抗うつ薬使用に関する作業部会は、抑うつ性混合状態への抗うつ薬治療を回避するように勧告しています。

3)Benazzi F. Lancet. 2007;369(9565):935-45.

双極性障害におけるうつ症状の治療目標

 双極性障害のうつ症状に対する治療目標は、まずは急性期の抑うつ症状をとってあげること、そして、最終的にはあらゆるエピソードの再発を予防することが重要です。また、双極性障害では、「なんとなく元気がない」、「なんとなく憂鬱」といった、エピソードレベルに達しない閾値未満のうつ症状が長く続くことが多いですので、そのような残遺症状もなく、再発も防ぐような治療を目指しています。
 したがって、急性期のときから、抑うつ症状に有効なだけでなく、患者さんの機能が保たれた状態を維持することができる薬剤を選択するような治療戦略が求められます。

双極性障害におけるうつ症状の薬物療法

 薬剤選択では、急性期の抑うつエピソードを速やかに改善するとともに、維持期を見据えて長期にわたり使用できる、忍容性が良好な薬剤を選択することが重要です。
 未治療の急性期抑うつエピソードに対しては、本邦で双極性障害におけるうつ症状に対して適応のある非定型抗精神病薬(ルラシドン、クエチアピン徐放錠、オランザピン)の中から1剤を選択します。さらに、いろいろな考え方があると思いますが、私自身は、非定型抗精神病薬に、双極Ⅰ型障害なら基本的に炭酸リチウムを、双極Ⅱ型障害なら基本的にラモトリギンを最初から併用しています。
 既治療の急性期抑うつエピソードに対しては、まずはアドヒアランスを確認します。アドヒアランスが問題の場合は、その理由を患者さんと話し合い、内服中の薬剤を適正量に調整します。アドヒアランスが良好な場合は、気分安定薬だけで治療されている場合は非定型抗精神病薬を上乗せし、すでに非定型抗精神病薬と気分安定薬で治療されている場合は、非定型抗精神病薬の切り替えを検討します。

ELEVATE試験を踏まえたラツーダへの期待

 ELEVATE試験の結果をみると、ラツーダ20-60mg群のMADRS合計スコア反応率(50%以上改善)が46.2%と、プラセボ群と比較して有意に高いことが示されました。これは、約半数の患者さんが治療に反応したということなので、実臨床でも治療効果が実感できる数字だと考えます。また、NNT(number needed to treat)は7でした。NNTが1桁台というのは、精神科の薬剤としては有効性が評価できるレベルだと考えています。また、MADRSで評価されるうつの中核的症状だけでなく、HAM-Aでは、不安症状の改善も認められているため、さまざまなタイプの双極性障害の抑うつエピソードへの効果が期待されます。副作用に関しては、アカシジアが10人に1人程度で、糖代謝系への影響はほとんどみられないため、忍容性についても好ましいプロフィールという印象であり、長期にわたる使用が可能かもしれないという点でも期待できます。

武島 稔先生

ラツーダの投与が適する症例と使い方のポイント

 ラツーダは、基本的にすべての双極性障害におけるうつ症状を有する患者さんに使用する価値のある選択肢、第一選択薬になりうる薬剤だと考えています。特に、ELEVATE試験における傾眠の発現頻度は、プラセボ群で4.1%、ラツーダ20-60mg群で2.7%、ラツーダ80-120mg群で5.9%であり、このようなラツーダの過鎮静を起こしにくいという特徴を考慮すると、日中に眠気を出したくない、仕事や学業がある患者さんには適した選択肢になるのではないでしょうか。
 ELEVATE試験においてMADRS合計スコアのベースラインからの変化量は、ラツーダ20-60mg群では投与開始2週目よりプラセボと比べ有意な改善が認められましたが、実臨床でも同様に、1~2週間ほどで速やかな有効性が期待できる印象です。
 注意点としては、抗うつ薬のような感覚でトントンと増量し最大量まで持っていくやり方は避けたほうがよいということです。むやみに増量すると、有害事象が出現してしまう可能性があるためです。私自身は、開始用量の20mgで効果がある場合はその用量を維持し、2~4週間程度経過をみて、効果が不十分な場合は40mg、必要な方は60mgまで増量しています。いずれかの用量で副作用が認められた場合には、可能であればそのまま少し様子をみたり、用量を下げて様子をみるようにしています。

ELEVATE試験

本邦において双極性障害うつ症状の改善の適応症を取得する根拠となった第3相試験、ELEVATE試験をご紹介いたします。

試験概要

 本試験の対象は、双極Ⅰ型障害患者(大うつ病エピソード)525例です。対象をプラセボ群、ラツーダ20-60mg群、ラツーダ80-120mg*群に無作為に分け、治験薬を1日1回夕食後に6週間経口投与しました。

*ラツーダ80-120mgは承認外用量です。

 有効性の主たる解析はITT集団を対象として実施しました。有効性の主要評価項目は治療群、評価時期、実施医療機関、MADRS合計スコアのベースライン値、および治療群と評価時期の交互作用を含むMMRM法を用いて解析し、検定の多重性はHochberg法で調整しました。
 安全性の解析は安全性解析対象集団を対象として実施しました。

有効性

 主要評価項目である6週時のMADRS合計スコアのベースラインからの変化量は、プラセボ群−10.6、ラツーダ20-60mg群−13.6、投与群間の差−2.9と、ラツーダ20-60mgはプラセボに比べてMADRS合計スコアを有意に低下させ、プラセボに対する優越性が検証されました。
 また、副次評価項目である、各評価時点のMADRS合計スコアのベースラインからの変化量は、ラツーダ20-60mg群では投与開始2週目よりプラセボ群と比べ有意な改善が認められました。


 MADRS項目別スコアのベースラインからの変化量をお示しします。うつ症状の中核症状である「外見に表出される悲しみ」や「言葉で表現された悲しみ」など、各項目のスコア変化量はこちらに示すとおりです。


 反応率は、MADRS合計スコアがベースラインから50%以上低下した患者の割合と定義され、6週時(LOCF)における反応率は、プラセボ群31.0%、ラツーダ20-60mg群46.2%でした。ラツーダ20-60mg群のプラセボ群に対するオッズ比は2.0、p値は0.01未満であり、ラツーダ20-60mg群は、プラセボ群に比べて、MADRS合計スコア反応率が有意に高いことが示されました。なお、NNTは7でした。

安全性

 副作用発現頻度は、プラセボ群55例(32.0%)、ラツーダ20-60mg群71例(38.6%)、ラツーダ80-120mg群87例(51.5%)でした。
 発現頻度5%以上の副作用は、プラセボ群ではアカシジア11例(6.4%)、悪心8例(4.7%)、ラツーダ20-60mg群ではそれぞれ24例(13.0%)、12例(6.5%)、ラツーダ80-120mg群ではそれぞれ38例(22.5%)、18例(10.7%)などでした。
 重篤な副作用は、プラセボ群1例1件[躁病1件]、ラツーダ20-60mg群0例、ラツーダ80-120mg群2例2件[自殺企図、パニック発作各1件]に認められました。
 投与中止に至った有害事象は、プラセボ群7例[好中球減少症、急性心筋梗塞、胃炎、悪心、嘔吐、疾患進行、アカシジア各1例]、ラツーダ20-60mg群6例[嘔吐、機能性胃腸障害、肝障害、アカシジア、躁病、自殺念慮各1例]、ラツーダ80-120mg群16例[悪心4例、疾患進行、アカシジア各3例、嘔吐、腱断裂、筋骨格硬直、ジストニア、不眠症、呼吸困難各1例]に認められました。
 試験期間中、いずれの群においても死亡は報告されませんでした。


 本試験では臨床検査値への影響も検討されています。6週時の体重のベースラインからの変化量は、プラセボ群−0.22kg、ラツーダ20-60mg群0.23kg、ラツーダ80-120mg群0.22kgでした。血糖に関しては、HbA1cが、プラセボ群−0.01%、ラツーダ20-60mg群0.02%、ラツーダ80-120mg群0.02%でした。

ラツーダ錠20mg/錠40mg/錠60mg/錠80mgの製品基本情報(適正使用情報など)

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