第3回 双極性障害を丁寧に診る~新たな選択肢ラツーダを使いこなすには~

寺尾 岳先生

出演・監修:寺尾 岳先生
(大分大学医学部精神神経医学講座 教授)

本シリーズでは、精神科医療で先進的な取り組みを行っている施設の先生に、施設の特徴や治療方針、ラツーダへの期待などをお伺いします。
 今回は、大分大学医学部精神神経医学講座 教授の寺尾 岳先生に、双極性障害診断、治療のポイントと実臨床におけるラツーダの使い方をご解説いただきます。

大分大学医学部附属病院 精神科の特徴と役割

 当科は、大分県にひとつしかない大学病院の精神科として、県内外から多くの患者さんが受診されます。うつ病、双極性障害、認知症、統合失調症、不安障害、発達障害などの診断・治療を行っていますが、大学病院の役割として、難治性の精神疾患や、身体合併症をもつ精神疾患の治療も、多職種が連携して行っています。高度な医療としては、治療抵抗性統合失調症に対するクロザピン治療、難治性精神疾患に対する電気けいれん療法などを実施しています。
 また、大学病院では珍しいと思いますが、精神科デイケアセンターを有し、復職を目的としたリワークプログラムに力を入れています。リワークは、主に作業療法士、看護師が行いますが、認知行動療法、マインドフルネス、絵画・陶芸など専門的なプログラムは、医師、臨床心理士、精神保健福祉士、芸術療法士が担当することもあります。当院のリワークは、他院通院中の方も参加することが可能です。
 専門外来として、双極性外来、もの忘れ外来、児童思春期外来、リエゾン・緩和外来を開設しています。双極性外来には、双極性障害を疑われた患者さんがセカンドオピニオンを求めて受診されることもありますし、治療抵抗性の患者さんをご紹介いただくこともあります。

双極性障害診断のポイント

 難治性うつ病の一部は双極性障害であることが知られています。双極性障害であれば抗うつ薬ではなく、リチウムなどの気分安定薬や非定型抗精神病薬を投与することで改善に導ける可能性がでてきます。そのために、まずは正しく診断することが重要です。
 過去に躁病エピソードがあった場合には、これは誰にでもわかるので、まさかうつ病と誤診することはないと思います。しかし、軽躁病エピソードのみの場合には、本人も周囲も見逃すことが多いです。この軽躁病エピソードを見逃さないことが、双極性診断のポイントのひとつです。
 うつ病に潜む双極性障害を拾い上げるために、躁的因子に注目する方法があり、その参考となるのが双極スペクトラムです。例えばひとつの例を挙げると、Akiskalの双極スペクトラム1),2)では、「循環気質の人が抑うつエピソードを呈した場合に、通常はうつ病とされるところを循環気質との絡みで双極スペクトラムにする」などとされています。このような概念を参考にして、うつ病と双極性障害を鑑別することもひとつの方法だと考えます。
 診察時に重要なのは、今までの経過を丹念に聞き取ることです。ただし、初診時の患者さんは緊張していることが多く、過去を詳細に思い出すのは難しいかもしれません。したがって、初診時に無理やり診断をつけるのではなく「抑うつ状態」とだけしておいて、2回、3回と面会を重ねていくうちに、丁寧に過去のエピソードを聞き取ることが重要です。また、「うつ病」と診断をつけ、抗うつ薬を処方した後も、躁転やイライラ感など賦活症候群がないか、しっかりと経過を観察することが、双極性障害を見逃さないために大切と思います。さらに、本人は自分が正常と思っていても、家族から見ると明らかに上がっていることがありますので、家族からの情報も大切です。

1)Akiskal HS, et al. Psychiatr Clin North Am.1999;22(3):517-34,vii.
2)Akiskal HS, et al. J Affect Disord. 2006;96(3):197-205.

双極性障害の うつ症状における 薬物療法と課題

 双極性障害の薬物治療について、大きく3つの課題があると考えています。1つ目はうつに対して有効な薬剤が少ないこと、2つ目は安全性の高い薬剤が少ないこと、そして3つ目が再発予防のエビデンスがある薬剤が少ないことです。1つ目と2つ目の課題に対しては、ラツーダが貢献してくれるものと期待しています。しかしながら、抑うつエピソードの治療では、再発予防を視野に入れた治療が重要となります。私は、この再発予防を重視した双極性障害治療では、リチウムが基本となると考えています。リチウム以外の気分安定薬(ラモトリギン)や非定型抗精神病薬でも再発予防効果が報告されていますが、そのエビデンスはいわゆるエンリッチメントデザインに基づく試験です。再発予防のエビデンスがないから効果がない、というわけではないですが、まずはより質の高いエビデンスがある薬剤を優先して使用すべきだと考えています。

寺尾 岳先生

ラツーダの位置付け

 『日本うつ病学会治療ガイドラインⅠ.双極性障害 2020』では、抑うつエピソードに対して推奨される治療に、ラツーダが加わりました。このラツーダは、単剤でも、リチウムなどの気分安定薬との併用でもうつ状態に対する有効性のエビデンスがあります。
 安全性の観点からも、ラツーダは長期にわたる双極性障害治療に適した選択肢のひとつになると考えています。今まで催奇形性の点でリチウムが使用しにくく、食欲亢進や体重増加の点で他の非定型抗精神病薬が使用しにくかった若い女性には特に向いているのではないかと思います。ELEVATE試験もこのような考えを支持する結果になっています。

実臨床における ラツーダの使い方

寺尾 岳先生

 ラツーダの非鎮静系という特徴が患者さんにとって使いやすいと考えています。私が使用した印象として、無理やり抑え込む感じではなく自然に効く印象を持っています。
 私が診療している患者さんは、難治性の方が多いので、ラツーダは既に投与されている気分安定薬に追加して使っていることも少なくありません。効果発現時期に関しては追加であれば1週間程度で効果がある方も経験していますが、フレッシュな患者さんで単剤使用の場合は、2週間程度はみたほうがよいかもしれません。ラツーダの効果がみられた場合は、追加の場合には前薬を漸減していきます。 実際にラツーダを使用して感じたことは、ラツーダは個々の患者さんにとって至適用量が異なるということです。ラツーダは、双極性障害におけるうつ症状の改善に対しては、20~60mgを1日1回食後経口投与します。私は、20~40mg/日で症状が改善した患者さんは、無理に60 mg/日には増量せずに、その用量を維持しています。また、増量して調子が悪くなった、あるいは副作用が出た患者さんは、元の用量に減量して様子を見ます。したがって、有効性と安全性のバランスの良い至適用量を探しながら投与するということが、ラツーダの使い方のコツのひとつになると考えます。

ラツーダへの期待

寺尾 岳先生

 ラツーダは、これまで選択肢の少なかった双極性障害のうつ状態の治療において、有効性、安全性の観点から非常に重要な選択肢です。上述した通り、患者さんに適したラツーダの用量を見つけ使用していくことが大切です。双極性障害は長期にわたる治療が必要な薬剤ですので、ラツーダで、今後、エンリッチメントではない試験デザインにおける再発予防のエビデンスが出てくることを期待しています。

ELEVATE試験

試験概要

 本試験の対象は、双極Ⅰ型障害患者(大うつ病エピソード)525例です。対象をプラセボ群、ラツーダ20-60mg群、ラツーダ80-120mg群*に無作為に分け、治験薬を1日1回夕食後に6週間経口投与しました。
 有効性の主たる解析はITT集団を対象として実施しました。有効性の主要評価項目は治療群、評価時期、実施医療機関、MADRS合計スコアのベースライン値、および治療群と評価時期の交互作用を含むMMRM法を用いて解析し、検定の多重性はHochberg法で調整しました。
 安全性の解析は安全性解析対象集団を対象として実施しました。

*ラツーダ80-120mgは承認外用量です。

有効性

 主要評価項目である6週時のMADRS合計スコアのベースラインからの変化量は、プラセボ群−10.6、ラツーダ20-60mg群−13.6、投与群間の差−2.9と、ラツーダ20-60mgはプラセボに比べてMADRS合計スコアを有意に低下させ、プラセボに対する優越性が検証されました。
 また、副次評価項目であるベースラインからの変化量は、ラツーダ20-60mg群では投与開始2週目よりプラセボと比べ有意な改善が認められました。

 MADRS項目別スコアのベースラインからの変化量をお示しします。抑うつ症状の中核症状である「外見に表出される悲しみ」や「言葉で表現された悲しみ」など、各項目のスコア変化量はこちらに示すとおりです。

安全性

 副作用発現率は、プラセボ群55例(32.0%)、ラツーダ20-60mg群71例(38.6%)、ラツーダ80-120mg群87例(51.5%)でした。
 発現頻度5%以上の副作用は、プラセボ群ではアカシジア11例(6.4%)、悪心8例(4.7%)、ラツーダ20-60mg群ではそれぞれ24例(13.0%)、12例(6.5%)、ラツーダ80-120mg群ではそれぞれ38例(22.5%)、18例(10.7%)などでした。
 重篤な副作用は、プラセボ群1例1件[躁病1件]、ラツーダ20-60mg群0例、ラツーダ80-120mg群2例2件[自殺企図、パニック発作各1件]に認められました。
 投与中止に至った有害事象は、プラセボ群7例[好中球減少症、急性心筋梗塞、胃炎、悪心、嘔吐、疾患進行、アカシジア各1例]、ラツーダ20-60mg群6例[嘔吐、機能性胃腸障害、肝障害、アカシジア、躁病、自殺念慮各1例]、ラツーダ80-120mg群16例[悪心4例、疾患進行、アカシジア各3例、嘔吐、腱断裂、筋骨格硬直、ジストニア、不眠症、呼吸困難各1例]に認められました。
 試験期間中、いずれの群においても死亡は報告されませんでした。

 本試験では臨床検査値への影響も検討されています。6週時の体重のベースラインからの変化量は、プラセボ群−0.22kg、ラツーダ20-60mg群0.23kg、ラツーダ80-120mg群0.22kgでした。血糖に関しては、HbA1cが、プラセボ群−0.01%、ラツーダ20-60mg群0.02%、ラツーダ80-120mg群0.02%でした。

ラツーダ錠20mg/錠40mg/錠60mg/錠80mgの製品基本情報(適正使用情報など)

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