当事者の望むうつ病治療を実現するために

坪井 貴嗣 先生

杏林大学医学部精神神経科学教室
坪井 貴嗣 先生

本シンポジウムでは、「当事者の望むうつ病治療を実現するために」をテーマに、寛解を達成し、満足度の高い治療を実現するためのポイントを解説します。
寛解を達成する上で問題となるのが、うつ病治療ガイドラインでも重要項目とされている残遺症状です。ある程度症状が良くなった状態においても、症状が残遺してる場合があり、それは真のリカバリーを妨げる可能性があると考えられます。残遺症状を見逃さず、うつ病患者の治療ニーズに応えるための治療戦略をご紹介します。

精神疾患におけるrecoveryの概念

「病気からの回復ではなく、人々の偏見、精神医療の弊害によりもたらされる障害、 自己決定を奪われていること、壊された夢などからの回復」

精神疾患におけるリカバリーの概念は1980年代からアメリカに広がった概念ですが、 うつ病患者であるパトリック・ディーガンが説いたリカバリーの意味はとても衝撃的なものでした。それは、病気からの回復ではなく、偏見や弊害、または自己決定を奪われていること、壊された夢などからの回復が必要なことをこの言葉を見て実感し、共感しました。

Deegan PE. Psy Rehab J , 11 (4), 11-19,1988.
Anthony WA. Psy Rehab J, 16(4), 11-23.

うつ病におけるリカバリーの概念

うつ病では、評価尺度が50%以上改善した場合を反応、寛解はHAM-D7点以下またはMADRS9点以下(下位項目を問わず)、これが2、3週間継続した状態が回復と定義されています。 これは1991年に作成された概念図ですが、現在のように薬物療法の選択肢が十分でない時代においても、 寛解、リカバリーが治療ゴールとして設定されていました。

ノルアドレナリンが関与する症状の改善と社会機能回復の関係性

現代のうつ病は治療の選択肢も治療環境も変わっているため、このリカバリーの定義には以下のような問題点があると言えます。そのため、新しいrecoveryの概念をつくり、それを目標に治療を進めていくことが重要と言えます。

うつ病のrecovery定義の問題点

うつ病の寛解を妨げる残遺症状

代表的な残遺症状

うつ病の治療中に、抑うつエピソードを構成する諸症状が概ね軽快(反応や寛解)したかに思えても、症状が残存(残遺)している場合があり、真のリカバリーを妨げる可能性があります。

●中核的な抑うつ症状

(抑うつ気分、興味・関心の消失、意欲低下、精神運動抑制、食欲減退、不眠、過眠)

●非特異的な症状

(不安、焦燥、痛み、認知機能障害)

日本うつ病学会:うつ病治療ガイドライン 第二版、医学書院、2016年:26-27ページ 

残遺症状の改善を目指すための薬物療法戦略

1.うつ病治療ガイドラインに基づいた適切な診断

2.中核的な抑うつ症状の改善

▶︎抗うつ薬の適正使用(単剤・十分量、適切な変更)
▶︎部分反応があれば増強療法を検討
▶︎不眠や過眠が、抗うつ薬や併用薬剤の副作用である可能性を考慮

3.非特異的な症状の改善

▶︎不安や焦燥が、抗うつ薬や併用薬剤の副作用である可能性を考慮
▶︎痛みを伴ううつ病に対しては三環系抗うつ薬やSNRIの投与を検討
▶︎ベンゾジアゼピン系受容体作動薬による認知機能障害の影響は十分に考慮

日本うつ病学会:うつ病治療ガイドライン 第二版、医学書院、2016年:26-27ページ 

うつ病患者が望む寛解とは

医療従事者の視点だけではなく、うつ病患者が寛解するために重要と考えている要素について調査した先行研究があります。 535名のうつ病患者を対象に寛解に対するイメージを調査した結果、ポジティブなメンタルヘルス、いつもの自分でいるようにする、ウエルビーイングの感覚などの項目を重要だと考えており、社会機能の回復も大切ですが、それよりもうつ病患者は前向きさや活力を重要項目と考えていることは非常に驚くべき結果であり、今後は医療従事者もこういったことに着目して治療を進めていく必要があると言えます。

また、どの程度の状態まで良くなるとうつ病患者はご自身が寛解したと思えるのかについて調査した研究があります。 HAM-D7点以下およびMADRS9点以下の症候学的な寛解に達したうつ病患者142名を対象に、自分で寛解したと思う患者と思わない患者に分けて、心理社会的機能をDiagnostic Inventory for Depression(DID)により評価しました。その結果、仕事のパフォーマンス、家族関係、友人関係、余暇などの項目に関して寛解と思ってる患者のほうが、良好なスコアを示していました。

うつ病患者の要望を反映した治療の進め方とは

うつ病治療ガイドラインでも、重症度に関係なくすべてのうつ病患者に支持的な精神療法と心理教育がまず重要になると位置付けています。

うつ病患者の要望を反映した治療の進め方とは

Shared Decision Making(意思決定の共有, 以下SDM)とは

うつ病治療には様々な選択肢があるため、「ある目標を達成するために、複数の選択可能な代替的手段の中から最適なものを選ぶ」という意思決定のプロセスが有用となります。
この意思決定には、SDMが用いやすいと考えています。SDMとは、「患者と治療者が、選択可能な代替案について情報を双方に共有し話し合い、患者の好みや価値観に沿った最適な選択を共に行うプロセス」です。
治療者だけが詳しく説明するのではなく、双方に話し合う形式を意識しながら進めていくことに意義があります。

SDMの流れ

初回の診察時には、医師から病状や治療法について説明し、また患者には宿題として冊子を読み、治療法について吟味していただきます。
次に中間の面接として、医師には言いにくいという壁を取り除く意味でも心理士、保健師との途中の面接を挟むと流れがスムーズになります。 そして、患者が意見を医師に伝えて、双方向性に話し合い、価値観を共有しながら最終的に治療方針を決定していくという流れになります。

SDMで治療方針の決定に活用しやすい 手書きメモ

SDMを実施する際には右のような手書きメモを活用しています。例えば、「元の体調に戻りたい」、あるいは「勤怠が乱れず仕事に行けるようになりたい」、こういう患者の中にある要望や現在の状態、生活の中でどんなことができるようになってきたのかをメモに書き記すことで、見える化できます。見える化することで、患者の判断力や理解力が鈍っていても理解しやすく、また双方の認識にズレがないことの確認にも役立ちます。

SDMでは薬剤別の特性をチェックしながら確認

抗うつ薬の選択においても薬剤別の特性をチェックしながら確認します。服用回数やタイミングはいつがいいのか、患者にとって問題となる副作用はなにかなどを確認します。
チェック項目が多いからその薬が良いというよりは、こうしてチェックしながら確認していくことで患者の価値観が見えてきます。ジェネリックがあるか、剤型はどうかもアドヒアランスの点から事前に確認しておきたい項目です。例えば、ベンラファキシンでは1週間分を1枚にしたPTPシートが発売されていますが、そういった飲みやすさへの工夫があるかについても患者と共有しておくことは意義があると思います。

ポイント

うつ病の寛解、回復を考えるうえでは、症候学的な寛解だけではなくて、社会機能やQOL、患者の満足度までを考慮することが重要です。
治療者はうつ病患者の残遺症状に着目して、まず、症候学的な寛解を目指し、治療を最適化することはうつ病治療の基本であり、さらに、患者の希望や目標を話し合い、Shared Decision Makingの手法を用いて、治療、意思決定を行うことで、寛解への道はよりしっかりとかたちづくられていくと思います。
一人でも多くのうつ病患者が寛解を達成するためには、医療者は日常診療で疾患の症状が良くなったことにとらわれがちになりますが、さらにもう一歩、患者の心の中まで踏み込んで評価していくことが大切だと感じています。

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