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第7回「うつ症状のある患者の自殺予防に薬剤師として関わる」

エピソード サインに「気づき」、専門機関へ「つなぐ」
自殺予防のゲートキーパーとして薬剤師の職能を活かす
(株式会社市民調剤薬局 向井勉先生・佐藤真樹先生インタビュー)

薬剤師と自殺予防

 5年ほど前は、周囲の薬剤師の方に自殺予防に関わることについて話をしてみても、関係ない、重い、どうすればよいかわからないといったネガティブな反応がほとんどで、私自身もそういうものかなと感じていました。しかし、自殺予防の初期介入スキルに関するワークショップに参加して、自殺予防の活動には、電話をする、相談に来るなど、自殺を考えている人からのアプローチがなければ命を救うチャンスが少ないという課題があると聞き、考えが変わりました。全国で年間約7億6千万枚発行される処方箋の数だけ患者さんと接する機会がある薬剤師の価値に気づいたのです。

 さらに、受診している診療科を問わず、保険薬局利用者はうつ病および自殺のリスクが高い(1)、自殺を図った人の約50%が薬剤師の処方した薬を自殺に使っている(2)といったデータの存在を知り、薬剤師が自殺予防に関わらない理由はないと確信しました。

 当薬局では、平成23年10月から自殺予防に取り組むことを全社員に対して宣言し、平成26年9月までの約3年間に、全10店舗で深刻な自殺念慮を持つ15名の方に対応しました。年間の自殺者の数は、全国で3万人にのぼります(3)。当薬局だけでは小さな数字ですが、全国の薬局5万5千店舗で取り組めば1年間で約3万人の方と接することができる試算となり、そのうちの1割である3千人の方を救うというのは可能な数字であると考えています。

自殺未遂歴のある、リスクの高い患者さん

 自殺予防の初期介入には、次のようなステップがあります(4)

【図1】自殺予防の初期介入ステップ(4)

 薬剤師は患者さんと定期的に関わる機会が多いうえに、薬歴という重要なツールが存在するため、自殺危機にある人が示す「サインに気づきやすい」立場にいます。いつも明るい方が沈んでいる、普段は無口なのに多弁になっているなど、普段と様子の異なる患者さんには声をかけ、自殺念慮を確認した場合には適切な専門機関へつなげることが大切です。

サインに「気づく」:お話を傾聴し、自殺念慮の有無を確認する

 新潟市主催の「新潟市くらしとこころの総合相談会」で当薬局の薬剤師が相談にあたったある女性患者さんは、神経内科で抗うつ薬や睡眠薬を処方されていましたが、「薬が効かないけれど、先生は忙しそうで自分からは言い出せないし、話も聞いてもらえない」と訴えていました。この方は家族の問題から自殺を考えるようになり、自殺未遂歴もあったことから自殺のリスクが高いと考えられました。相談会当日は、2時間ほどお話を伺いましたが解決に至らなかったため、「いつでも連絡して下さい」と伝えて名刺をお渡ししました。

患者さんのニーズに合った専門機関へ「つなぐ」

 2~3日後に連絡があり、相談したいが外出するエネルギーがないとのことでしたので、薬剤師がご自宅を訪問しました。1か月間に5回ほど訪問してお話を傾聴するうちに、処方薬への不満のほか、カウンセリング療法を受けたいというニーズも確認できたため、連携先の支援センターの精神保健福祉士に相談して、認知行動療法を行っている心療内科への受診をお勧めしました。

 最初は「今まで診てもらっていた先生に悪いから」と転院をためらっていましたが、何度かのやり取りの後にお勧めした施設を受診され、症状が改善しました。数か月後にはご本人からも「良くなりました」という言葉が聞かれ、今も元気な様子で1、2ヵ月おきに来局されています。良くなったらそこで終わりではなく、患者さんが薬局に通ってくる間はフォローアップを続けていきたいと思います。

プロの薬剤師として、地域の自殺予防に貢献

 自殺予防と言っても、特別なスキルをすべての薬剤師が身につける必要はありません。「医師には言えなかったんだけど」という枕詞で薬剤師に本音を語る患者さんは多く、中にはポロッと「死にたい」と打ち明ける方もいらっしゃいます。日頃から「お変わりないですか?」「よく眠れていますか?」などと声をかけて聴く姿勢を持ち、患者さんが打ち明けやすい環境を整えておくことで、自殺予防につながります。

 加えて、自治体やNPO団体を通じて、相談窓口など「つなぎ先」の一覧を入手しておくと、自殺念慮を持つ方に出会った際の不安が軽減されると思います。100 %救うのは無理かもしれませんが、1 %でも気づければという気持ちで、可能性をゼロにしないことが大事です。

 一方で、実際の場面でプロの薬剤師として行動するには、理論に裏打ちされたスキルの習得も必要です。当薬局では、ワークショップに「動機づけ面接」など行動科学のアプローチを取り入れることを検討しており、地域の自殺予防におけるゲートキーパーとして今後も自殺率の減少に貢献していく決意です。

行動科学的観点より うつ症状のある患者の自殺予防に薬剤師が関わることの意義
(東京大学大学院医学研究科医療コミュニケーション学 石川ひろの先生ご監修)

自殺のリスクファクターである「うつ」

 自殺にはさまざまな要因が関与していますが、そのリスクファクターのひとつとして、うつ病・うつ状態があげられます。

 今回のエピソードのような、抗うつ薬が処方されている患者の自殺予防における薬剤師のかかわりについて、行動科学的観点から整理してみましょう。

抑うつの認知モデルから今回のエピソードを理解する

 私たちは、身のまわりから得られるさまざまな情報を受け取ることで、自分自身やまわりの人々、さまざまな出来事について捉えています。このような活動を心理学では「認知」と呼びます。

 自殺のリスクにもなる抑うつの感情は、このような認知(受け取り方や捉え方)に歪みが生じることによって生じるとも考えられています。Beck. A.T. は、抑うつの認知モデルを提唱しました(5)

【図2】抑うつの認知モデル(Beck, 1990)

 この理論に基づくと、①抑うつ的なスキーマ(例:私は無能だ)をもつ人が、ネガティブな出来事(例:家族とのもめごと)に遭遇すると、②体系的な推論の誤り(例:拡大解釈)によって、③ネガティブな自動思考(例:自分の人間関係はすべてうまくいっていない)に陥り、抑うつ症状(例:気分の落ち込み、不眠)を生じる、と理解されます。認知行動療法では、このような不適応的な認知を変容・修正することによって、抑うつ感情を和らげることができると考えます。

 今回のエピソードでは、患者さんの自宅を訪問して丁寧に話を聴取することで、処方薬や治療についての捉え方を確認することができ、そこに働きかけることで、より適切な治療へと結びつけることができたと考えられます。すなわち、薬剤師のかかわりは、患者さんの病気や治療に対する認知の変容に役立った可能性があります。また、定期的なかかわりによって自殺危機にある人のサインに気づきやすいという薬剤師の立場は、患者さんの認知の特徴やその変化を理解するのに有効であると考えられるでしょう。

動機づけ面接の原理を活用する

 エピソードの最後に紹介されている「動機づけ面接」は、William. R. M.とStephen. R.によって開発されたカウンセリングアプローチです(6)

 動機づけ面接では、面接者が当事者(患者)と協働的な関係を築きながら、当事者の現在の行動と目標・価値観との矛盾や両価性(アンビバレンス)を探り、それを解消する方向に行動の変化を動機づけていきます。

 今回のように、時間をかけて患者さんの話を傾聴するというかかわりは、患者の感情や意見を受容することで、患者との信頼関係を構築することに役立ち、自殺予防のゲートキーパーとしての役割を果たすための基盤となっているといえるでしょう。そこからさらに一歩進んで、患者の行動変容を促していくために、動機づけ面接のスキルなども有効であると考えられます。

【引用文献】

1.
町田いづみ、岡田史:保険薬局利用者の精神症状―うつ病及び自殺リスクに関して―.最新精神医学 2007; 12:257-264.
2.
渋澤知佳子(長野県精神保健福祉センター)ら:自殺企図者における過量服薬に関する実態調査.信州公衆衛生雑誌 2012; 7(1):38-39.
3.
高橋祥友:自殺予防の基礎知識.大学と学生 2010.9
4.
福島喜代子:自殺危機にある人への初期介入の実際―自殺予防の「ゲートキーパー」のスキルと養成.明石書店 2013
5.
アーロン・T・ベック:認知療法―精神療法の新しい発展.岩崎学術出版社 1990
6.
ウイリアム・R・ミラー、ステファン・ロルニック:動機づけ面接法―基礎・実践編.星和書店 2007

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