心肥大の背後に潜在するファブリー病を見逃さないために

  • 診療科循環器内科
  • エリア長野県長野市

山本 博昭(やまもと ひろあき)先生

長野中央病院/名誉院長

山本 博昭(やまもと ひろあき)先生

酵素の欠損または活性低下による糖脂質の蓄積を原因とする、ライソゾーム病の一種

長野県北部には、心アミロイドーシスの集積地があります。心アミロイドーシスとの鑑別という観点から、私たちは同じ二次性心筋症に位置付けられるファブリー病にも注目してきました。

ファブリー病は、ライソゾーム内に存在するα-ガラクトシダーゼ(α-Gal)の欠損または活性低下により、その基質であるグロボトリアオシルセラミド(Gb3)などの糖脂質が全身の組織・臓器の細胞に蓄積し進行性に機能障害を引き起こす、ライソゾーム病の一種です。X連鎖性の遺伝形式をとりますが、X染色体のランダムな不活性化により、ヘテロ接合体の女性も発症する場合があることが特徴です。

ヘミ接合体の男性は、小児期に発症する古典型と成人以降に発症する遅発型に分類されます。古典型の代表的な初期症状として四肢末端疼痛や無・低汗症、被角血管腫、渦状角膜混濁などがあります。遅発型では、心・腎・脳への糖脂質の蓄積により心肥大や不整脈、腎機能障害、脳血管障害などが引き起こされます。一方、ヘテロ接合体の女性は、無症状のまま経過する場合もあれば男性と同様に重篤な臓器障害を呈する場合もあります。

ファブリー病は肥大型心筋症に潜在している可能性がある

私たちが経験したヘテロ接合体女性の症例1)は、50歳時に肥大型心筋症と診断され、加療されていたなか、53歳時に発作性心房細動が出現して当院紹介となった患者さんです。除細動後は心房細動の再発なく、抗不整脈薬の内服を開始しました。長男がファブリー病で治療中であるなどの家族歴から本症例もファブリー病と考えられていましたが、本人が積極的な治療を希望されなかったことから、酵素補充療法は行われていませんでした。しかし、約2年後、自宅で胸痛を訴えたのち、倒れているのを家族に発見され、心肺停止状態で近医に搬送、死亡が確認されました。ファブリー病に対する治療を開始していれば転帰は変わっていたかもしれず、悔やまれる1例となりました。

本症例のように、肥大型心筋症と診断されている患者さんのなかにファブリー病が潜在している可能性があります。心肥大の原因としては高血圧や心アミロイドーシス、心サルコイドーシス、ミトコンドリア心筋症など様々なものがありますが、ファブリー病を鑑別するためには、特徴的な症状の既往や現症を見逃さないこと、および家族歴を丁寧に聴取することが大切です。幼い頃、運動や入浴による体温上昇時に四肢末端疼痛や無・低汗症で苦しんだ経験はなかったか、被角血管腫や渦状角膜混濁がみられないか、家系内に同様の症状を呈したり、若年性の心不全や腎不全、脳血管障害に罹患したりしている方はいないかなどを確認します。

ファブリー病に伴う心病変の特徴

心肥大の鑑別には、心臓MRI検査でのT1 mappingも有用です。心アミロイドーシスや肥大型心筋症ではT1緩和時間が延長するのに対し、心筋に糖脂質が沈着するファブリー病では短縮します。心電図検査では巨大陰性T波や左室側高電位、心エコー図検査では左室後壁の肥厚が菲薄化に転じる変化、また、冠攣縮性狭心症の併存なども、ファブリー病に伴う心病変の特徴です。

心肥大の原因精査の結果、ファブリー病が疑われる場合はα-Gal活性測定や遺伝子検査などを行います。ヘテロ接合体女性ではα-Gal活性が正常範囲のケースも少なくなく、確定診断には遺伝子検査が必須です。私たちは複数のヘテロ接合体女性で無・低汗症ではなく多汗症を認めており、こうした症状の多様性にも注意が必要です。

ヘテロ接合体女性では治療開始が遅れないよう、臨床症状や検査値・所見の変化に注意

ファブリー病の治療法の一つにα-Galを隔週の点滴静注によって補う酵素補充療法があります。ヘミ接合体男性では、診断後、速やかに治療を開始することが望まれます。ヘテロ接合体女性では臓器障害の出現後に治療を開始するという考え方もありますが、治療開始の遅れが転機に影響する可能性がありますので、臨床症状や検査値・所見の変化に注意を要します。紹介した症例とは別のヘテロ接合体女性例では、T波が陰転化した時点で治療を開始しました。また、自覚症状がない、あるいは乏しい段階から治療を開始する場合は、治療に対する患者さんのモチベーションの向上・維持にも目を配ることが求められます。

ファブリー病の経験を通じて、診療の幅が広がる

私たちは、ファブリー病の症例を経験したことでライソゾーム病や二次性心筋症への意識が高まり、診療の幅が広がったと感じています。これまでにトランスサイレチン型心アミロイドーシスやミトコンドリア心筋症の患者さんを数多く診療しており、ファブリー病と同じライソゾーム病の一種であるポンペ病の小児例を1例診断することもできました。

心肥大の背後には、ファブリー病が潜在している可能性があります。ファブリー病は治療法が確立していますので、特徴的な症状の既往や現症を見逃さず、家族歴、画像検査の情報などからファブリー病の早期顕在化、早期治療に努めていただきたいと思います。診断に迷うことがありましたら、当院にご相談ください。

  1. 山本博昭, 他: 心臓 48(10): 1159-1165, 2016
医療機関名称 長野中央病院 循環器内科
住所 〒380-0814 長野県長野市西鶴賀町1570
電話番号 026-234-3211(代表)
医師名 名誉院長 山本 博昭(やまもと ひろあき)先生
ホームページ https://www.nagano-chuo-hospital.jp/外部サイトを開く